--「ルーマニア・ドイツ語文学」* への誘い:監視社会の恐怖を生きる 『狙われたキツネ』ヘルタ・ミュラー (山本浩司訳)--
2009年10月、ベルリン在住の「ルーマニア・ドイツ語文学」の作家、ヘルタ・ミュラーがノーベル文学賞を受賞した。選考委員会はミュラーについて「濃縮した詩的言語と事実に即した散文により、故郷喪失の風景を描いてきた」と評している。ルーマニアのバナート地方のドイツ系マイノリティ出身のミュラーは、ドイツ語を母語とし、1992年にはルーマニアのドイツ語話者の村を舞台とした短編集『澱み』をブカレストで発表し注目を集め、ドイツでも高い評価を受けるものの、1984年には職業従事と作品の公表を禁じられ、1987年、チャウシェスク政権下のルーマニアから当時の西ドイツに移住している。代表作としては以下で紹介するミュラーの長編第一作『狙われたキツネ』(1992年)、前作同様ルーマニアの独裁政権下での生活を描いた『心獣』(1994年)などが挙げられ、昨年には、第二次世界大戦後にソ連に強制連行により労働奉仕を強いられたルーマニアのドイツ系マイノリティの体験を扱った作品『息のぶらんこ』(2009年)を発表している。