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「未来」を見つめるために、眼のレッスンを。 トミヤマユキコ

2011.10.21 Fri

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2011年3月11日以降、わたしたちの眼は「見えないもの」を見るためのレッスンでたいへんに忙しい。震災によって変わったのはわたしたちの生きるこの「世界」だけではない。「世界の見え方」もまた変わったのだ。

これまでのやり方を一度カッコにくくって、視界を広げ、視点を移し、気付かずにいたこと、見ないフリをしていたことに視線を注ぎ、子細に検討する。そこには新たな発見があり、驚くべき事実との出会いがある。そして「世界」はこれまでとは違った姿で立ち上がってくるだろう。

しかし、それはある意味でバランスを欠いた「世界」だと言えるかもしれない。あの日に起こったこと、あの日以前から起こっていたことが暴かれ、白日の下に晒されるのは確かに有意義だが、それは同時にわたしたちを「未来」に対して盲目にさせる。もちろん「過去-現在」を見つめることは大切だが、わたしたちの多くは、まだまだ眼のレッスンに慣れていないから、ともすると「未来」への目配せを忘れがちなのだ。旧来の、便利さや豊かさを追い求めるだけの「未来」とは別種の「未来」を見ることができるかもしれない……でもどうやって?

しりあがり寿『あの日からのマンガ』(エンターブレイン)に収録された「海辺の村」は「未来」を見る眼を育てるのにうってつけの教材だ。

「海辺の町」に描かれているのは、50年後の福島。戦後のバラックを思わせる小屋で生活し、拾いものの太陽光パネルでまかなった電気でテレビをつけ「最後の油田」から石油が汲み上げられる様子を観ている村人一家。「いつ失われるかわからない不安の中で/豊かな生活をおくることをやめ…/いつまでも続く幸せを選んだ」暮らしは質素そのものだ。

「過去」の記憶を持つおじいちゃんは「石油なんて掘れば出てくんだよ/きっとまだどっかにあんだよ」「昔はホントに豊かだった」と言い、遠い昔を懐かしむが「しょせん背伸びした豊かさだったんだよ/変わるしかなかったんだ」とお父さんたしなめられてしまう。そして「ミライ」という名の末っ子は「父ちゃんにダメ」って言われた「ゲンパツ」をともだちと一緒に見るため、素っ裸になり、背中にはえた翼をバサバサいわせて飛んでいく……。

この作品が発表されたのは、東日本大震災からおよそ一ヶ月経った4月12日、混乱が続く「現在」に身を置きながら「未来」を描き出したしりあがり寿の直感と勇気は、どれだけ評価されても評価されすぎるということはない。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. しりあがり寿が「海辺の村」を発表したちょうどその頃、料理家の高山なおみは『高山ふとんシネマ』(幻冬舎)のあとがき部分にあたる「おわりに」を書いていた。漫画家と料理家の違いはあるが、彼女もまたしりあがり寿同様、混乱の中から「未来」を掬い出そうとしている。

「おわりに」に記された日付は4月21日。当時の高山にとって「ふたつさきの季節を想いながら、タイムカプセルにはめこまれた窓から眺めるように、ベランダの空を仰いで祈ります」と書くことは「未来」の希求以外のなにものでもない。多くの女性料理研究家が良妻賢母のイメージをまとい「過去」を下敷きにした日常性の回復を是とする中で、そんなものはすっとばして真っ先に「未来」のことを書き記す高山に、胸がすくような気持ちがする。

「おわりに」の直前、本文のラスト一行は「この世には、確かなことなどひとつもないなんて、体の半分では想っているくせに」であり、ここには震災後を生きる身体の危うさが図らずも刻印されている。しかし「こんなにも進んでしまった科学や文明の、このような高みに身をまかせている自分の体」を持て余しながら、高山は「被害に遭われたたくさんの方々の心、子供たちの心、原発事故の処理作業を続けている人たちとその家族の心が、今より少しだけ温まって、ごはんをおいしくたべられるようになっていますように」と祈る。高山の眼はしっかりと「未来」の食卓を見つめているのだ。

それにしても、震災直後に流行った「こんな時だからこそ」という前置き抜きで「未来」という「見えないもの」を見つめることの、なんというカッコよさよ!大震災から一ヶ月後のわたしには決して出来なかったことだ。しかし「未来」を見つめる眼のレッスンに遅すぎるということはあるまい(と信じる)。さあ、刮目せよ、わたし。

次回「「世界の終り」のその後で―脱原発はゴールじゃない」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから








カテゴリー:リレー・エッセイ

タグ: / 3.11 / 漫画 / 福島