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4.10 加齢する身体、加齢する精神。 トミヤマユキコ

2012.06.22 Fri

ときめかない日記

著者/訳者:能町 みね子

出版社:幻冬舎( 2012-05-25 )

定価:

Amazon価格:¥ 1,320

単行本 ( ページ )

ISBN-10 : 4344021851

ISBN-13 : 9784344021853

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 「みんな歳をとる、わたしも。」

 そうだ、わたし達は毎日、確実に加齢している。時の流れは万人に平等であり、一日生き延びれば、一日分の歳をとる。しかしながら、肉体的な加齢と精神年齢とをすりあわせることは、思いのほか難しい。それどころか、加齢する身体と精神のズレは、まるで大きさの異なる車輪のように、わたし達の「生の前進」をぎこちないものにしている。

 たとえば「女の結婚適齢期」について、マンガを題材として考えてみよう。そう遠くない出産のリミットを感じながら適齢期に結婚することが「分別ある大人の判断」だとして、もし適齢期に結婚する気が起こらなかったら、あるいは、恋愛すらする気になれなかったら、それは加齢する肉体と精神のすり合わせができないダメな人、ということなのか……。

 能町みね子『ときめかない日記』(幻冬舎)の主人公・山田めい子は「私なんかまだ彼氏いたことないのに/てゆーか/私2 6歳で処女なんだな——」と思っていた矢先に母親からお見合いを勧められ、自身の恋愛観と対峙するハメになる。「世間vs自分」という価値観の葛藤の中で、めい子は出会い系サイトの利用を開始したり、「いっそ結婚している人好きになってもよくない?」と考えたりしながら、恋愛開始と処女喪失のタイミングを見計らっている。お見合い結婚で、さして好きでもないただひとりの男とヤりながら生きていくという事態をなんとか回避しようとするめい子から感じられるのは「鈍痛」……地味にじわじわと来る、しかし無視できない痛みである。

 そしてめい子は、そんな鈍痛を紛らわせるのかのように、吸い慣れないタバコにむせながら「いつオトナになれるのかな」と考える。肉体と精神の加齢のすり合わせが上手くいかないことを、オトナになれないこと(コドモであること)として捉えているのだ。

 しかしながら、「世間vs自分」という価値観の葛藤を経て、精神的な加齢を徹底的に拒否する女もまた存在する。渋谷直角による自主制作のマンガ作品『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』の主人公・カーミィは、プロの歌手を夢見ているが「今年……みんな35歳じゃん……?/もう……夢とか言ってんのヤバイと思うんだ……」と言って、家業を継いだり、より安定的な職業選択を決断する音楽仲間達に「負け組」「無能」のレッテルを貼り、自分だけは夢を追いかけ続ける。「有名になりたい 手段は選ばない」というカーミィに、結婚するよう急かす母親の声は届かない。それどころか、「うるさいなあ!!!/今は男より大事なコトがあるの!!!」と親をどやしつけることで、母親という名の世間を退けるのである。

 これらの作品に描かれているのは、世間一般の価値観、年相応の分別を身につけ、春が来れば進級するように人生を生きるといった「規定コース」を歩むことが出来ない者たちの葛藤である。そして彼女たちを葛藤に引きずり込む最大の要因は、結婚適齢期というものに対する「遅れの意識」から来ている。遅れることに対する、焦り。しかし、本当にこれは遅れなのだろうか? そして、遅れることは、いけないことなのだろうか?

ロストハウス (白泉社文庫)

著者/訳者:大島 弓子

出版社:白泉社( 2001-06-01 )

定価:

Amazon価格:¥ 681

文庫 ( ページ )

ISBN-10 : 4592887093

ISBN-13 : 9784592887096

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 「遅れの意識」に惑わされないようにするのは、どうしたら良いのか? そのヒントとなるのが大島弓子「8月に生まれる子供」(『ロスト ハウス』(白泉社文庫)所収)だ。主人公の女子大生・種山びわ子を襲った突然の病魔は、原因不明の急激な老化。痴呆のために、ボーイフレンドとのデートの約束さえ覚えていられない。しかし「ボケた自分は別な自分の誕生なのかもしれない/そうだ別な自分がこれから生まれるんだ」と考え、自身のあり方を「更新の思想」によって捉え直すことで、びわ子の痴呆は改善の兆しを見せる。

 びわ子による「更新の思想」は、加齢する肉体と精神のズレ乗り越えるためのコンセプトとして極めて有効であるように思われる。したがって、もし自分が何かに遅れていると感じ、焦りそうになったら、びわ子を真似て、自分自身というものが「更新」されていると思い直してみるといいのかも知れない。

 「みんな更新している、わたしも。」そう思って生きられたら、あなたの「生の前進」はもっと愉快なものとなり、いつかあなたをとても居心地のよい場所に連れ出してくれる筈だ。

次回「求めるものは「新しい私」か、それとも「永遠の私」か」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから








カテゴリー:リレー・エッセイ

タグ:身体・健康 / / 結婚