11月3日に大阪で開催された日本で初めてのスラットウォークの報告を、主催の方々にご寄稿いただきます。
第1回は尾崎日菜子さんの報告です。
WAN編集部
 


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11月3日、100人以上の参加者によって日本初のスラットウォークが開催された。
 大阪ミナミの繁華街を、ポップミュージックにあわせて色とりどりの自作プラカードを掲げる参加者が練り歩き、デモ隊が通る一瞬だけは、都市空間が祝祭空間に変容したかのようだった。
 持ち込まれた参加者お手製のプラカードには、性犯罪の加害責任を被害者の落ち度に帰着させることに反対するようなスラットウォークの王道ともいえるプラカードがあまた見られた。その他にも、セックスワーカーの権利擁護を訴えるものや、家父長制の打倒を訴えるもの、さらには「デブス 解放」を求めるものや白髪を染めない自由を訴えるものまで、スラットウォークというプラットフォームに自主的に持ち込まれた多種多様な要求が、若者でごった返すアメリカ村を経由して、百貨店やハイブランドの紙袋を手に下げた人々が行きかう御堂筋を駆け抜けた。

 日常生活の場面では笑われてしまうような「性犯罪を許さない」と叫ぶデモ隊からのコールは、一人の沿道の若年男性の苦笑として、別の壮年男性の「Your Body, Your Choice」というプラカードの掲示として、そして、重そうな買い物袋を携えた手によって打ち鳴らされる複数の女性の手拍子として、多様な歓待をもって迎えられた。幸運にも、参加者の何割かがその身体を使って表現した「あばずれの姿」を揶揄する表明、つまり、スラットウォークに対する最悪の形での応答は、参加者間でも、デモ隊に遭遇してしまった沿道からも、どこからも聞かれなかった。
 スラットウォーク数日前のハロウィンでの祝祭空間で、見ず知らずの男性に友人の女性が無許可で触られてしまった直近の出来事を共有していた主催者にとって、スラットウォークという祝祭空間で、性暴力やハラスメント被害が一件も報告されなかったことは喜ばしいことだった。しかし、スラットウォークが、女性に押し付けられたステレオタイプを拒否しつつその姿を積極的に引き受けるという、ややもってまわった抵抗のスタイルである以上、スラットウォークを安全に実行するという課題は、これからも検討を必要とするだろう。
 今回のスラットウォークでは、異性装をしていると思われる参加者が数名いた。LGBTQのパレードを思わせる彼ら/彼女らの魅惑的な複数の姿は、他のデモ参加者それぞれが持ち込んだ「あばずれな姿」までも、男性が装っているのか/女性が装っているのか、分からなくさせてしまうようだった。外見上示されたジェンダーが、その人の性染色体の情報や生殖器の形を正確に示していないかもしれないような不思議な光景が、スラットウォークというフォーマットの上に偶然街中に出現したことは、私個人としては、最も印象深いことの一つだった。トランスジェンダーの権利擁護とは全く違う文脈で持ち込まれたであろうシス女性たちの「あばずれの姿」までもが、「本当は男性が女装してこの姿を演じているのではないか?」と、どこかジェンダー越境してしまっているように見えたのは、祝祭空間だけに発生するような偶発的な連帯だとしても、トランスジェンダーとして生きる私のエンパワーメントになったことは間違いない。
 そうした攪乱的な経験も、多種多様な背景をもつ人たちが、スラットウォークというプラットフォームを利用し、それぞれの問題意識を自主的に持ち寄った結果に他ならない。つまり、トランスフォビアやホモフォビアの表明、セックスワークという特定の職種に対する偏見の拡散が予め行われないような安全設計が、今後のスラットウォークでも不可欠であるにちがいない。後日表明された参加者の感想からは、スラットウォークで歩いた場所と同じところで、特定の民族に対するヘイトスピーチが行われていた記憶が綴られていた。一見スラットウォークとは関連がなさそうな差別が参加へのバリアになってしまう実情を踏まえて、より触発的なスラットウォークにするために、全ての人が参加しやすい枠組み作りをこれからも課題としていきたいと考えている。


Slutwalk Osaka
尾崎日菜子