大阪で行われた日本初のslutwalkは、集合場所のなんば元町公園から、アメ村、心斎橋を抜けて、途中沿道での飛び入り参加者も含め150〜200という多くの人が参加した。
参加者はそれぞれの「あばずれ」衣装を纏い、音楽に合わせて踊ったりコールを叫んだりしながら歩いた。

「my body my choice」
「あばずれ上等」
「お前のんちゃう、私のや」
「私の身体に勝手に触るな」
などなど
プラカードにも書いた文言を叫んだ。

slutwalkの先頭でコールを担当した私は、ドラァッグクイーンの格好をして、出来るだけ野太い、威嚇する様な声を出すように心がけた。
「あばずれ」だからといって、了承無しに「気軽」に触られたり、簡単に罵倒されたりしない為に。
それらが加害であり暴力であると訴えるために。


11月3日のslutwalkのつい4日前、なんばやアメ村、心斎橋はハロウィンの仮装をしたと人でごった返していた。ハロウィンの日、仮装して参加していた私の友人は、私たちがslutwalkで歩いたまさにその場所で、痴漢被害を受けていた。
「露出多め」で、イベント特有の「人混み」と「ハイテンション」の中なら、相手の了承無しに「気軽」に触れても良いとでも思ったのか、その男が私の友人の肩をいきなり抱き寄せ胸を弄る様子は、別の友人の撮った動画にばっちり写り込んでいた。「触んな!」と叫んで振り解く場面まで。

私は「触んな!」と叫んだ友人の事を思い出しながら、動画に写っていたその男の顔を思い浮かべながら、もしかしたら今日も、その男がこの辺のどこかに居るかもしれないと思いながら、それらに向けてコールを叫んでいた。

ハロウィンイベントでの出来事の様な事は「女」にとって日常である。
そして往々にして、被害を受けた側が責められる。そんな格好をしているから、そんな時間に出歩くから、そんな場所に行くから…。
何故被害を受けた側が責められなあかんのか。責められるべきは加害や暴力やのに。
守られたい訳ではない。フェアに居りたいだけや。
この非対称さを、アンフェアを、どうやったら分かって貰えるんやろう?

私には子どもが二人いて、一人は「女」で一人は「男」だ。
「女」が生きるにはしんどい世の中ではあるが、育てるのは「男」の方が難しいと思う。
娘と接する時は、ハッパをかけまくるエンパワメントになればいい。
しかし息子と接する時は、自分のマジョリティ性に自覚的であれと、マッチョな男社会では是とされる加害や暴力に対する内省を伝える事の難しさを痛感する。
フェミニズムは結果的に「男」も救うけど、それにはまず下駄を脱くという行為が必須である。エンパワメントでもあるが、同時に警告であり威嚇でもある。
何故他でもないslutwalkという形を取ったのかという質問を何度か受けた。色々な理由があるが(slutwalk zine冒頭鼎談参照)、私にとっては二人の子どもの存在も大きかったと思う。
エンパワメントと威嚇。
スラットウォークにはその二つがある。

喧嘩したい訳ではない。でも先ずは高下駄を脱いでこんかい。話しはそれからや。
そういう事が沿道にも伝われば良いなと思いながら、野太く叫び、踊り、歩いた。

キムミョンファ