六月の終わり、さいたま市緑区の見沼田んぼを訪ねた。
 東京駅から京浜東北線で北浦和駅まで43分。そこから「さいまた市立病院」行きのバスに乗り16分。そして徒歩で5分も歩くと、一気に視界が開ける。水田や畑が続き、風が稲を揺らし、ヒバリが空高くさえずる。首都圏とは思えないほど豊かな農の風景が、今もここには残っている。
 訪ねたのは新規就農した宮田順子さん。畑の中の苗づくりや作業場を兼ねたハウスに宮田さんは、いらした。実は、この畑、すぐそばが、WAN連載33(※1)で以前訪ねた田島友里子さんの畑のすぐそばにあった。さいたま市の経済局 農業政策部 農業政策課に、新規就農の方を尋ねたら、紹介されたのが宮田順子さんだったというわけだ。
 作業の手を休め、ハウスの中に、招かれた。そこからインタビューは始まった。
「ここから、あのヒマワリまで全部なんです」。
 宮田順子さんが、畑の先を指差した。

採れたての空心菜



 赤シソ、オクラ、空心菜、モロヘイヤ、ネギ、菊芋、ニンニク、里芋、唐辛子、リーフレタス、パクチー……。約五十アールの畑には四十種類近い野菜が育つ。
「全部、一人で管理しているんですか」。そう尋ねると、 「はい。でも、これしかやっていませんから」。そう言って笑う。
 その笑顔は穏やかで、どこか肩の力が抜けている。 しかし、この笑顔にたどり着くまでには、長い時間があった。

 農園の名前は「だいふくファーム」。
由来を聞くと意外な答えが返ってきた。
「飼っている猫なんです」。
 八年前、父親を亡くしたあと、二匹の猫を迎えた。甘いものが好きだった父を思い、和菓子にちなんで「大」と「福」と名付けた。二匹合わせて「大福」。農園の名前も、そのまま「だいふくファーム」になった。
「何か特別な意味があるわけじゃないんですよ」。
 そう笑う宮田さんだが、その名前には家族への思いが静かに込められているように感じた。
 現在、大宮区の自宅から毎日畑へ通う。朝はまだ涼しいうちに、自宅で収穫した野菜を袋詰めする。そのままJAさいたま木崎直売所やスーパー、パン店など二、三か所へ納品し、ようやく畑へ入る。午前中は除草や耕うん、苗の定植。午後は収穫。
 夏の日は夕方まで畑仕事が続く。農業は基本的に一人で切り盛りしている。

 

 しかし宮田さんは、もともと農家ではない。埼玉県鴻巣市で育ち、植物が好きだったことから東京農業大学短期大学部へ進学した。
「自然に関わる仕事がしたい」。そんな思いを抱いていた。
 卒業後は植物や動物を学ぶ専門学校へ就職した。ところが一年半ほどで学校が閉鎖。思い描いていた人生は大きく変わった。20代は専門学校の事務員、花屋のアルバイト、派遣社員(事務)を経て、会計資格取得支援会社法人営業を5年ほど勤めた。それから宅建取得し、賃貸営業(下北沢)で1年半ほど勤める。30代から45歳まで、東京駅にある不動産関連会社で総務部門で働いた。定年まで働くかなと思っていたという。毎朝、さいたま市から東京へ通勤する会社員生活。忙しい毎日の中で、学生時代に抱いていた「植物と関わる仕事」という夢は、いつしか心の奥へしまい込まれていた。

田島友里子さん。宮田順子さんのすぐ近くで農業をしている。

 転機になったのは、休日だった。
「家庭菜園をやってみようかな」。
 軽い気持ちで始めた体験農園。手ぶらで通えて、道具も借りられ、野菜づくりを教えてくれる市民農園だった。土に触れ、種をまき、芽が出る。収穫した野菜を食べる。その繰り返しの中で、忘れていた思いが少しずつ戻ってきた。
「そういえば、私は植物が好きだった」。
「農大へ行ったのも、そのためだった」。
 自分自身でも忘れていた気持ちを思い出したのである。
 さらに転機が訪れる。自然栽培を実践する農家の話をポッドキャスト(ネット配信の番組)で耳にした。肥料も農薬も使わず、土そのものの力を生かして野菜を育てる。
「そんな農業があるんだ」。
 興味を持ち、ラジオで知った農家を自ら訪ねた。その人こそ、さいたま市で新規就農をして有機農業を実践し、「さいたま有機都市計画」(※2)を立ち上げた田島友里子さんだった。

「さいたま市には、新規就農の研修制度がありますよ」。
 田島さんのその一言が、宮田さんの人生を大きく変えていく。
 会社員を続けるのか。それとも農業へ踏み出すのか。四十代半ばで迎えた人生の大きな選択だった。
「もちろん不安はありました」。
 収入はどうなるのか。本当に野菜で生活できるのか。家族は理解してくれるのか。  考えれば考えるほど迷いはあった。それでも宮田さんは決断する。
「やらないで後悔するより、やってみよう」。
 その一歩が、現在の「だいふくファーム」につながっている。


「一人では農業はできない」――支えてくれた人たちとの出会い

「農業をやってみたい」。
 そう決心したものの、宮田順子さんには農地もなければ、農機もない。農家の知り合いもいなかった。田島さんの紹介で、さいたま市の農業政策部を訪ねた。新規就農の研修制度がある。※3
「最初の面接で、市の担当者から『困った時に助け合える仲間はいますか』と聞かれたんです」。
 その時の答えは「いません」だった。
 農家の親戚もいない。近所に相談できる人もいない。それでも宮田さんは続けてこう話した。
「でも、この研修を通じて仲間をつくりたいと思っています」。

 その言葉どおり、三年後には多くの仲間に囲まれて就農することになる。さいたま市の新規就農研修「明日の農業担い手育成塾」は、単に野菜の作り方を教える学校ではない。
一年目は、市民の森に設けられた研修圃場で、週二回の実習から始まる。
 播種、育苗、定植、草取り、収穫。一つひとつの作業を実際に体験しながら学んでいく。それだけではない。農地法や農地の借り方、販売方法、経営計画まで学ぶ。
 市農政課の職員も毎回研修に顔を出し、退職したベテラン職員や専門講師とともに実践指導を行う。
「行政の人がここまで畑へ来て教えてくれるとは思っていませんでした」。
宮田さんは振り返る。



 農業技術だけでは農家にはなれない。どこから農地を借りるのか。何を作るのか。どこへ売るのか。収支は成り立つのか。
 研修では、こうした経営全体を考える力を身につけていく。
「実践研修では、農政課からの紹介で慣行農業の農家さんに指導農家となっていただき、週1回(数時間)通い、慣行農法を学びました。農法は異なりますが、農業経営や地域との関わりなど代々続く農家さんの姿勢を目の当たりにして身が引きしまりました。地域の農家の大先輩とのつながりができたことが大きな収穫でした」。

 宮田さんが、その後参加することとなったのが、田島友里子さんだった。
 田島さんは、さいたま市で農薬や化学肥料を使わない栽培を実践し、「さいたま有機都市計画」※3の中心となって活動する農家である。田島さんが仲間に呼びかけて作ったネットワーク。新規就農者だと、悩み相談、販売先の確保など、困ることも少なくない。そこで連携をすることで、栽培の方法や、販売先を連携することが始まり、その活動を、市も支援するところまで繋がった。

さいたま市の農家のネットワーク。浦和駅前で行われた「さいまたオーガニックビレッジ宣言」

 
 宮田さんは研修生でありながら、田島さんの農場でパートとしても働いた。
 畑仕事だけではない。どの野菜を選ぶのか。どう値段を付けるのか。直売所ではどんな野菜が売れるのか。消費者との会話まで、毎日の仕事が学びの場になった。
「農業は作るだけでは続かない」。そのことを実感したという。

 田島さんとの出会いは、農地との出会いにもつながった。研修中に借りていた畑を見た地主から、「こちらもやってみないか」と声を掛けられたのである。さらに田島さんが借りていた畑も引き継ぐことになった。現在の約五十アールの農地は、こうした人との信頼関係から生まれている。
「田島さんに出会わなかったら、今の私はありません」。
 宮田さんは迷わずそう言う。


 市の支援は、就農直前まで続いた。もっとも印象に残っているのは、「就農計画」の作成だった。何年後にどれくらいの売上を目指すのか。そのためには何アール必要なのか。販売先はどう確保するのか。農機はどうするのか。市の担当者が一緒になって数字を積み上げていく。
「ここは少し現実的ではありませんね」。
「この売上なら、この面積では足りません」。
 そんな助言を受けながら、何度も計画を練り直した。
「一人では、とても作れなかったと思います」。

 行政がここまで伴走する例は全国でも多くない。さらに、さいたま市では株式会社クボタと連携した農機レンタル制度も整備されている。トラクターや草刈り機など、高価な農機を購入しなくても借りることができる。
「最初はトラクターなんて自分が運転するとは思っていませんでした」。
 しかし実際に使ってみると、その便利さに驚いた。最新機種が整備された状態で使える。自分で保管場所を確保する必要もない。故障を心配することもない。初期投資を抑えながら営農を始められることは、新規就農者にとって大きな安心につながっている。

 研修が終わる頃には、宮田さんの周囲には多くの仲間がいた。
 田島友里子さんたちの仲間「さいたま有機都市計画」である。
 現在、およそ二十五人の生産者が参加し、有機・自然栽培を続ける仲間として活動している。
 毎日のようにLINEが鳴る。
「虫が出たけど、みんなの畑はどう?」
「この野菜、今出荷している?」
「雨が続くけど大丈夫?」
そんな何気ないやり取りが続く。


 農業は自然相手の仕事である。思い通りにならないことの方が多い。だからこそ、同じ立場で話せる仲間の存在は大きい。
「夕方まで畑で作業していると、他の仲間もまだ頑張っているんです。それを見るだけで、『もう少し頑張ろう』と思えます」。 宮田さんはそう話す。
 その仲間たちと取り組んでいるのが、「見沼MINUMA自然栽培セット」である。四人の農家が旬の野菜を持ち寄り、一袋二千六百円のセットにして販売する。それぞれが得意な野菜を持ち寄ることで、一人ではできない魅力ある野菜セットが生まれる。競争ではなく、協力する。都市農業には、そんな新しい形が育ち始めている。
 宮田さんは言う。
「一人では農業はできません」。
 農地を貸してくれた地主。道を示してくれた田島さん。就農計画を一緒に考えた市の職員。そして、毎日励まし合う仲間たち。多くの人とのつながりがあったからこそ、「だいふくファーム」は今日も見沼の風景の中で、静かに季節の野菜を育てているのである。


「農業は私を癒やしてくれる」――見沼で見つけた新しい生き方

「農業って、宮田さんにとってどんな仕事ですか」。
 取材の最後に尋ねた。
 宮田さんは少し考えてから、静かに答えた。
「農業は仕事です」。

 現在の収入はすべて農業から得ている。だから生活を支える職業であることは間違いない。
 しかし、少し間を置いて続けた。
「でも、畑仕事は、自分を癒やしてくれる場所でもあるんです」。

 見沼田んぼは、さいたま市中心部からほど近い。それでも畑には、都会では出会えない時間が流れている。
 昨年、宮田さんの畑ではヒバリが巣をつくった。親鳥が卵を温め、やがてヒナがかえり、巣立っていくまでを毎日のように見守った。
「こんなこと、自分の目で見られるなんて思っていませんでした」。
 畑にはキジも姿を見せる。春には風が吹き抜け、夏には空いっぱいにヒバリが鳴く。  ヒマワリは仏壇に供えるために植えた。
 採れた種は翌年また畑へ戻す。自然の営みの中で一年が巡る。
 会社員時代には感じることのなかった時間である。

いちばんの投資は車とハウスだった。車は農業をする前までペーパードライバーだった。


 農業を始めたからといって、毎日が順調なわけではない。天候は思いどおりにならない。猛暑が続けば野菜は弱り、長雨になれば病気も増える。
 マルシェに出店しても売れ残る日がある。
「他の農家さんは売れているのに、自分だけ売れないこともあります」。
 そんな日は落ち込むという。
 それでも翌朝にはまた畑へ向かう。
 野菜は待ってくれない。自然は昨日の気持ちとは関係なく季節を進めていく。 だから農業は面白い。


 宮田さんが育てる野菜は約四十種類。
 オクラ、赤シソ、空心菜、ネギ、菊芋、リーフレタス、里芋、パクチー、インゲン、ニンニク……。
 畑の様子を見ながら少しずつ作付けを変えている。
 特徴は、肥料も堆肥も使わないことだ。刈った草を畑へ戻し、土が本来持つ力を引き出していく。もちろん簡単ではない。ナスやズッキーニのように多くの養分を必要とする野菜は思うように育たないこともある。
それでも無理はしない。
「この畑に合う野菜を育てていきたいんです」。
 自然に合わせる。その考え方が宮田さんらしい。経営についても同じである。年商は約三百万円。農業だけで生活している。
「もっと規模を大きくしようとは思わないんです」。
 その言葉に驚いた。農業というと、規模拡大や法人化を目指す話を聞くことが多い。  しかし宮田さんは違う。
「続けられることが一番大切だと思っています」。
 必要以上に広げない。無理をしない。その代わり、毎年少しずつ畑を理解していく。自然と相談しながら歩く。そんな経営を選んでいる。

収穫されたニンニク



 もう一つ印象に残った言葉がある。
「女性だからとか、男性だからとか、あまり考えたことがないんです」。
 周囲には女性農業者も男性農業者もいる。家族構成も、働き方も、それぞれ違う。だから比べない。
 田島友里子さんは憧れの存在だ。行動力があり、発信力もある。
 しかし、宮田さんは言う。
「私は私のやり方で続けていきたい」。
 その言葉には、他人を追いかけるのではなく、自分自身の農業を大切にしたいという思いが込められていた。

 これから就農したい人へのメッセージをお願いすると、こんな答えが返ってきた。
「いろいろな農家さんに会ってみてください」。
 一人ひとり考え方も農業も違う。だから一つのやり方だけを正解にしないほうがいい。
 支援制度も活用しながら、自分に合う農業を探してほしいという。

 夕暮れの見沼田んぼでは、まだ何人もの農家が作業を続けていた。
 その姿を見て宮田さんは、いつも思うという。
「みんなも頑張っているから、私ももう少し頑張ろう」。
 その言葉どおり、農業は決して一人だけで成り立つ仕事ではない。
 地域があり、仲間があり、行政の支援があり、消費者とのつながりがある。
 都市農業は、野菜を育てるだけではない。
 人と人との関係を育てる営みでもある。
 宮田順子さんの「だいふくファーム」は、そのことを静かに教えてくれた。



※1 その33「資本主義のリズムじゃなくて、自然のリズムで生きたい」さいたま市・こばと農園 田島友里子さん
https://wan.or.jp/article/show/12214

※2
さいたま有機都市計画――仲間と育てる都市農業
有機農業 | さいたま有機都市計画 | 埼玉県
「さいたま有機都市計画」は、市内の有機・自然栽培農家を中心に活動するネットワークで、およそ25人の生産者が参加している。共同販売「見沼自然栽培セット」の企画や、「さいたまOrganic City Fes.」への出店、地域マルシェへの参加など、生産者と消費者を結ぶ活動を展開している。日常的にはLINEグループで病害虫対策や栽培方法、市場動向などを相談し合い、困ったときには助け合う関係を築いている。都市農業では孤立しがちな新規就農者にとって、この仲間の存在は販路づくりだけでなく、精神的な支えにもなっている。宮田順子さんが「夕方まで畑で働く仲間を見ると、自分ももう少し頑張ろうと思える」と語るように、このネットワークは都市農業の持続性を支える大きな力となっている。

※3
さいたま市の新規就農支援制度
さいたま市/認定新規就農者制度について さいたま市では、「明日の農業担い手育成塾」を中心に、都市型農業ならではの実践的な新規就農支援を行っている。1年目は市民の森の研修圃場で基礎技術を学び、2・3年目は指導農家のもとで実践研修を実施する。特徴は、市農政課が研修期間を通して伴走し、栽培技術だけでなく、農地確保、農地法、販路づくり、経営計画、就農計画の作成まで支援することにある。さらに、国の経営開始資金制度の活用支援や、株式会社クボタと連携した農機レンタル制度も整備されており、高額な初期投資を抑えながら営農を始められる。都市近郊でこれほど一体的な支援を行う自治体は全国的にも珍しく、新規就農希望者から高い評価を受けている。