女性学ジャーナル

リサーチ(研究)・アクション(活動)・カルチャー(文化)の
3つの領域で、あなたの思いを読者に発信します。

コメンタリーボード紹介

  • 阿部 裕子(あべ ひろこ)

    現在 、内閣府男女共同参画会議女性に対する暴力に関する専門調査会委員、かながわ人権政策推進懇話会委員、川崎市男女平等推進審議会委員、相模原市共同参画専門員、(一般社団)インクルージョンネットかながわ理事、かながわ生活困窮者自立支援ネットワーク代表、特定非営利活動法人かながわ女のスペースみずら理事

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  • 斎藤 美奈子(さいとうみなこ)

    1956年、新潟市生まれ。文芸評論家。編集者を経て、1994年、『妊娠小説』(筑摩書房。後にちくま文庫)でデビュー。以後、新聞や雑誌で、書評、文芸評論、時事コラムなどを執筆する。2002年、『文章読本さん江』(ちくま文庫)で第1回小林秀雄賞受賞。他の著書に『名作うしろ読みプレミアム』(中央公論新社)、『学校が教えないほんとうの政治の話』(筑摩書房)、『文庫解説ワンダーランド』(岩波新書)など多数。

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  • 伊藤比呂美(いとう ひろみ)

    1955年、東京都生まれ。性と身体性をテーマに、過激な言葉づかいで現代詩を揺さぶり続ける。『河原荒草』や『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』で、説経節と現代詩を融合した語り物の世界を作りあげ、『読み解き般若心経』『女の絶望』『女の一生』『父の生きる』『切腹考』などで、生活の中の死と生を力強く表現してきた。米国カリフォルニア在住だったのが今年(2018年)熊本に戻ってきた。3年間早稲田で教えます。写真 吉原洋一

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  • 伊藤公雄(いとう きみお)

    1970年代末頃から近現代社会の男性性を対象にした研究をテーマのひとつにしてきました。男性主導社会としての近代社会のたそがれ状況に際して、「男性学・男性性研究」の視点から、過去をふりかえりつつ、未来社会を構想してみたいと考えています。現在、京都産業大学で社会学を教えています。専攻は、文化社会学・政治社会学、ジェンダー研究です。うさぎ年、天秤座、O型です(意味があるかどうかはわかりませんが)。

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  • 浅倉むつ子(あさくら むつこ)

    1948年生まれ。東京都立大学大学院博士課程修了後、東京都立大学法学部教授を経て、現在、早稲田大学法学学術院教授。法学博士(1993年、早稲田大学)。労働法、ジェンダー法専攻。日本学術会議会員(2003年~2014年)、日本労働法学会代表理事(2003年~2005年)、ジェンダー法学会理事長(2007年~2009年)などを歴任。最近の関心事はイギリスの2010年平等法の研究。主な著書に、『雇用差別禁止法制の展望』(有斐閣、2016年)、『同一価値労働同一賃金原則の実施システム』(森ます美と共編著、有斐閣、2010年)、『労働法とジェンダー』(勁草書房、2004年)、『労働とジェンダーの法律学』(有斐閣、2000年)、『均等法の新世界』(有斐閣、1999年)、『男女雇用平等法論-イギリス と日本』(ドメス出版、1991年)などがある。

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  • 加納実紀代(かのう みきよ)

    1940年韓国ソウル生まれで、日本の植民地責任を刻印されているが、一方では広島の被爆者でもある。こうした加害と被害の二重性の解きほぐしを願って、1970年代半ばに戦時女性史研究会を立ち上げ、20年がかりで『銃後史ノート』(全18巻)を刊行。以後も戦争、植民地、天皇制、核問題等をジェンダーの視点から問い続ける。著書に『女たちの<銃後>』、『天皇制とジェンダー』、『ヒロシマとフクシマのあいだ』(いずれもインパクト出版会)など。2011年まで敬和学園大学特任教授。

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  • 戒能民江(かいのう たみえ)

    お茶の水女子大学名誉教授、専門はジェンダー法学・女性に対する暴力研究。性暴力禁止法をつくろう全国ネットワーク・女性と人権全国ネットワーク共同代表。現在、婦人保護事業を根本的に見直して、新たな女性支援事業の枠組みを構築するための運動に、もっとも力を入れている。主著に、戒能民江編著『危機をのりこえる女たち-DV法10年、支援の新地平へ』2013、信山社など。

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  • 米田佐代子(よねだ さよこ)

    70年近く昔新制高校に行くとき、「学年全体で女子生徒2名」という男子校に入学して以来、東京都立大学で25年間助手を務めたり「女性研究者は独身」と言われて意地で子どもを産んじゃったり「横紙破り」の人生でした。専門は日本の女性史。「平塚らいてう」という女を「ジェンダー偏見」から自由にとらえなおしたいと格闘しつつ「らいてうの家」に通っています。今年8回目の「年女」(84歳)ゆえ、「遠吠え」ではなく世の中の理不尽とケンカしたい。              似顔絵:北村ますみ画     

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  • 川上未映子(かわかみ みえこ)

    1976年8月29日、大阪府生まれ。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。2017年9月に刊行された『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。 2018年3月30日には短編集『ウィステリアと三人の女たち』 が刊行予定。

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  • 赤石千衣子(あかいし ちえこ)

    約30年前非婚のシングルマザーになる。NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長。当事者としてシングルマザーと子どもたちが生き生きくらせる社会をめざして活動中。社会保障審議会児童部会ひとり親家庭の支援施策の在り方に関する専門委員会参加人。社会福祉士。著書に『ひとり親家庭』(岩波新書)、編著に『母子家庭にカンパイ!』『シ ングルマザー365日サポートブック』ほかがある。

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  • 治部 れんげ(じぶ れんげ)

    1997年一橋大学法学部卒業、日経BP社で16年間、経済雑誌の記者を務める。2006~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。東洋経済オンライン、日経DUAL、Yahoo!ニュース個人等で執筆。東京都男女平等参画審議会委員。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。昭和女子大研究員。東大情報学環客員研究員。著書に『稼ぐ妻 育てる夫 夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。2児の母。

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  • 増原 裕子(ますはら ひろこ)

    LGBTアクティビスト/コンサルタント。 株式会社トロワ・クルール代表取締役、LGBT法連合会事務局長代理。2011年よりレズビアンであることをオープンにして積極的に発信をしている。慶應大学大学院修士課程、慶應大学文学部卒業。ダイバーシティ経営におけるLGBT施策の推進支援を手がける。経営層、管理職、人事・総務担当者、営業職、労働組合メンバー等を対象としたLGBT研修の実績多数。

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  • 池川 玲子(いけがわ れいこ)

    1959年生。女性史研究。20代後半から、米田佐代子、折井美耶子らの率いる在野研究会で修業。40代半ばで大学院に進学し若桑みどりに師事。博論をもとにした『「帝国」の映画監督 坂根田鶴子 「開拓の花嫁」・一九四三年・満映』(吉川弘文館、2011)で青山なを賞受賞。以来、支脚を日本近現代女性史に、遊脚を文化表象に置いた研究を続けている。近刊に『ヌードと愛国』(単著、講談社、2014)、『〈妊婦〉アート論』(共著、青弓社、2018)等。

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  • 林 香里(はやし かおり)

    1963年名古屋市生まれ。ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、ドイツ、バンベルク大学客員研究員を経て、現在 東京大学大学院情報学環教授。 著書『メディア不信 何が問われているのか』岩波新書、2017年、『<オンナ・コドモ>のジャーナリズム ケアの倫理とともに』岩波書店、2011年(第4回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞)、『テレビ報道職のワーク・ライフ・アンバランス 13局男女30人の聞き取り調査から』(谷岡理香と共編著)大月書店、2013年、ほか。専門: ジャーナリズム/マスメディア研究。 ホームページ http://www.hayashik.iii.u-tokyo.ac.jp/

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  • 小林 富久子(こばやし ふくこ)

    1943年生まれ。早稲田大学名誉教授。1970年代後半『フェミニスト』編集委員、その後、当時の仲間と日本女性学会設立。早稲田大学ジェンダー研究所初代所長。現在、城西国際大学客員教授。主な著書:『円地文子―ジェンダ―で読む作家の生と作品』(新典社)、『ジェンダーとエスニシティで読むアメリカ女性作家』(学芸書林)。翻訳書:トリン・ミンハ『月が赤く満ちる時』(みすず書房)、トリン・ミンハ『ここの中の何処かへ』(平凡社)

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  • 信田 さよ子(のぶた さよこ)

    お茶の水女子大学大学院修士課程修了後、精神科病院勤務等を経て1995年原宿カウンセリングセンターを設立。臨床心理士としてアディクションや引きこもりの本人・家族、DVや虐待、ハラスメントの加害者・被害者など、広く家族問題のカウンセリングを実施している。著書に『アディクションアプローチ』『DVと虐待』(以上、医学書院)『依存症』(文春新書)『依存症臨床論』(青土社)『アディクション臨床入門』(金剛出版)『母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き』(春秋社)など多数。最新刊は『母・娘・祖母が共存するために』(朝日新聞出版、2018)

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  • 雨宮 処凛(あまみや かりん)

    1975年北海道生まれ。作家、活動家。バンギャ、フリーターを経て00年、『生き地獄天国』にてデビュー。以来、生きづらさの問題をテーマにしつつ、06年からは貧困・格差問題にも取り組む。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』、上野千鶴子氏との対談『世代の痛み 団塊ジュニアから団塊への質問状』など多数。反貧困ネットワーク世話人。

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新着案内

  • アトピー性皮膚炎は母親の責任か? 2018/05/19

    2018/05/19

    • リサーチ

    著者名:奥津 藍子

    コメンテーター:雨宮 処凛(あまみや かりん)

     読みながら、何度も「そう、まさにそうなの!」と口に出しそうになった。  アトピーという、命に関わらない病気が蝕む子どもと母親の心。本論文に書かれているように私の母親も私と弟のアトピーの治療に奔走し、民間療法に手を出し、コロコロ変わる食事療法のブームに振り回され、ステロイドを巡って錯綜する情報に翻弄され、多大な時間とお金を費やした。しかし、それでもよくならなかった時の罪悪感ときたら。 ある時期から、気づいていた。母が苦しんでいるのは私たちの病気だけではなく、偏見だということに。 「子育ての仕方が悪い」かのように言う人もいれば、「妊娠中の過ごし方が悪かった」というような論調もあった。母はことあるごとに私たちに謝った。なぜ、謝ったのか。それは「自分がいい母親でないから子どもたちのアトピーが治らない」と母もまた思い込んでいたからだ。 「愛さえあれば治る」という、科学的根拠をまったく無視した当時の言説に母は追い詰められていた。ガンなど他の病気であれば決して「母の愛があれば治る」なんて言われないのに、なぜかアトピーにだけ過剰に求められる母の愛。そして多くの家庭がそうであるように、アトピーをめぐる記憶に父の姿はほとんど登場しない。 アトピーと母親という問題には、ジェンダーをはじめとして、この国の歪みが存分に詰まっている。そして母親は到底負えない責任を負わされて孤独な戦いを強いられてきた。が、アトピーと無縁の人たちにはまったく知られていないだろう。私が子ども時代一一主に80年代になる一一の母親たちに何が起きていたのか、この論文によって、改めて多くの発見があった。意欲的なテーマに取り組んだ著者に、拍手を送りたい。

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  • 奪われた「言葉」と「記憶」を取り戻すためのフェミニズム ~セクシュアルアビューズサバイバーの当事者研究~ 2018/05/19

    2018/05/19

    • リサーチ

    著者名:荒井 ひかり

    コメンテーター:信田 さよ子(のぶた さよこ)

    被虐待経験や母との関係を語る文章を目にすることは珍しくなくなった。やっと、という思いである。被害という言葉は加害を告発するという意味が含まれているはずなのに、窃盗や交通事故の被害とは異なり、DVや性暴力は被害者がスティグマタイズされてしまう。被害もまたジェンダー化されるために、多くは語られず、なかったかのように被害者は生きなければならない。#MeToo!のムーブメントが静かに広がっているのは、あの華やかなハリウッド女優たちも自分と同じ経験をしていることを知り、国を超えた「仲間」を得ることでカムアウトする勇気をもらう女性が多いからだろう。 しかし性虐待(近親姦)被害は、その背景やプロセス、構造の複雑さから、連続してはいるものの同じ平面上で語ることは困難だ。「記憶」が問われるからである。トラウマ記憶に関しては研究が進んでいるが、定義される以前に意味不明の症状(著者は摂食障害を発症した)や、奇妙な体感が先駆する。何故なのか、何なのかがわからないままフラッシュバックが起きる。性虐待・トラウマと命名できるまでの混迷の深さ、自己定義してから始まる新たな混乱と怒りは、しばしば当事者がそれを語ることを妨害する。しかし言葉がなければ、新たな語り直しがなければ生きていくことはできない。このような切迫感が本論のいたるところに満ちている。「失われた記憶が蘇る度に、連なりが途絶え、私は自分を作り直さなければならなかった」というくだりは、胸が痛む。 これだけ多くの言葉が日々ネットやメディアを通して溢れているのに、性虐待被害者がサバイバルするために必要な言葉を与えてくれたのはフェミニズムだけだった。「この当事者研究の目指すところは、フェミニズムの言葉によって自分を作り直した軌跡を辿ること」なのである。これは研究の原点を私たちに突きつける。客観性やエビデンスの持つ価値を否定するものではないが、ひとりの人間が生きていくためにどうしても必要な言語的活動はすべて研究と呼べるのではないか。本論は、既成の心理学や精神医学が取りこぼしてきた(もしくは僭称してきた)被害者像を当事者がフェミニズムの言語を用いて作り直し、しかもそれは仲間とともに行われることを示した。このような当事者研究と、客観性と論理性を旨とする既成の研究とを架橋するのが研究者の役割ではないだろうかとさえ思う。 もっとも秘されタブー化された性虐待被害者たちが、生き延びるためにほかでもないフェミニズムを必要とした。本論は当事者学としてのフェミニズムという原点を明確に示したものだろう。著者の勇気を称えたい。

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  • 竹村 和子――友情およびアメリカ研究と日本研究のクィア化について 2018/05/19

    2018/05/19

    • カルチャー

    著者名:Keith Vincent

    コメンテーター:小林 富久子(こばやし ふくこ)

    米文学研究者として出発後、ジュディス・バトラー、ガヤトリ・スピヴァクなど、海外の先鋭的理論家の邦訳を手がける傍ら、自らもセクシュアリテイに関わるラディカルな問いを発し続けることで、日本のフェミニズム界を牽引していた竹村和子さん。そんな彼女が突然の病に没してから早くも七年が経つ。本稿は、早くから彼女と親交を結んでいた日本文学研究者でクィア理論家のキース・ヴィンセント氏がフェミニストとしての竹村さんの思考の軌跡を独自の立場から辿ろうとした極めて刺激的な論考である。 現在ボストン大学で教鞭をとるヴィンセント氏は竹村さんとは常々、自身は米国にいて日本文学を研究する一方で、彼女は米文学を日本で研究していることについて冗談を交わし合っていたという。その後、彼はこの話題が実は竹村さんにとって頭から離れないほど重いテーマとなっていたことを悟る。それを彼に知らしめたのが、遺作としての彼女の英米文学論集『文学力の挑戦』の最終章にあたる「ある学問のルネサンス?英(語圏)文学をいま日本で研究すること」なのであった。 本論の後半部でヴィンセント氏は、この章の綿密な読みを展開することで、果たして「英米文学を研究する日本人」であることが竹村さんにとって「何を意味」していたかを、まるで優れた推理作家のごとく鮮やかな手さばきで解明してゆく。仮に日本のかつての多くの英米文学者が自らの研究対象を熱心に研究することで、英・米というより卓越した帝国としての国家との一体感を果たさんとしていたとすれば、ちょうどその逆を行こうとしていたのが竹村さんで、それを助けたのが、国家をはじめとするホモソーシャルな集合体を批判する学としてのセクシュアリティ研究への竹村さんの傾斜であったというのだ。 本論文は、文学もまたそれぞれの国のナショナルな欲望の装置として作用しうるという重要な事実に目を開かせてくれるとともに、孤独に一つ一つの作品に向き合い、そこから漏れ来る諸々の得体のしれないものに遭遇しうることにこそ文学の喜びがあるということも伝えてくれる。何よりもまず本論は、二人の優れたフェミニスト学者が国境を超えて交わしえたかけがえのない友情を跡づける物語でもあることを強調しておきたい。

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