「本作り空Sola」の企画編集制作により玉川大学出版部より出される「日本の伝記 知のパイオニア」シリーズ全12巻の最終巻として、本書は編まれました。

平塚らいてうという名前は、小・中・高校の社会科や国語の教科書にも載っています。女性が編集する初の雑誌『青鞜』(1911年)創刊の辞として
「元始 女性は太陽であった 真正の人であった……」
と書いた人物として知られています。その言葉は「女性の人権の尊重」を主張する「近代的自我の叫び」であると評されてきました。
しかし『青鞜』での活動が、らいてうのハイライトとしてとらえられることが多く、それ以後、らいてうが開いた人権思想の変遷や、社会的運動の展開については、あまり知られていないようです。
らいてうは考えます。「自然」が太古からはぐくんできた草木、虫魚、鳥獣、そして人間に続く「いのち」の流れの中にある一人の女性としての自分が、最も自分らしく生きようとすれば、つまるところ「平和」が守られなければならないと。「力」の強いものが、弱いものを押さえつけることの無い世界を求め続けた生涯でした。

『青鞜』以後のらいてうの活動を概観すると、
結婚、出産、育児を体験する中で、母親・子供が守られていない社会の現状を痛感し、らいてうは「いのち」を伝え・守る「母性」を「社会」全体が支える必要を主張します。与謝野晶子はそれを「依頼主義であり賛成しかねる」と言い「母性保護論争」が展開されました。
更に、女性の立場から社会の仕組みを作り直す必要を感じ、らいてうは1920年に「新婦人協会」を起ち上げ、「婦人参政権」獲得を目指す初の組織的活動を展開します。
続いて、子育てし地域生活を重ねる中から、女性が中心になって関わることの多い台所の活動を相互扶助する消費組合運動を進め、「協同自治社会」の建設を求めました。
1942年春から疎開し、半ば自給自足的な農耕生活に入り、一時、筆を執らなくなりましたが、1946年、日本国憲法の公布を見て、それまでの「家制度」が廃止され、女性の隷属生活を一変させる改革だと大いに喜びます。同時に、らいてうは「非武装国」の女性として世界平和への使命をどのように果たすべきかを追求します。以後、東西冷戦という世界情勢の中で、らいてうは「非武装・非交戦」を誓う日本国憲法を遵守し、絶対中立を守るという平和思想を主張し「日本婦人団体連合会」を中心として「戦争だけが敵なのです」と訴え、反核・平和運動に取り組み1971年に85歳で生涯をとじています。

世界各地で戦火が広がり、武力増強ばかりが叫ばれる現今、らいてうの思想の経緯変遷をたどり点検することは大いに意味があると思います。

◆書誌データ
書名 :平塚らいてうと自然・生命・平和
著者 :奥村直史
頁数 :176頁
刊行日:2026/08/01
出版社:玉川大学出版部
定価 :2,750円(税込)