わたしたちは、なぜ服を「買う」のだろう。「着る」ことにくらべると、これまであまり問われてこなかった問いである。まったく問われなかったわけではない。ただ、議論は流行(モード)や、それを動かす企業への批判に向かいがちだった。わたしたちがなぜ服を買うのかに、買う側の目線から具体的に答えたものは少ない。

本書がやりたいのは、この問いにあえて正面から答えてみることだ。ざっくり言ってしまえば、わたしたちが服を買うのは、服が自分の好きなように選べて、好きなように使える貴重なモノだからではないだろうか。もちろんこの社会には、自分の思いどおりにできるモノが「商品」としてあふれている。でも、それを誰もが手にできるわけではない。お金が足りなければ、好きなものを買って楽しむことはできないからだ。

そこにこそ、若い人たちがファッションに強く惹かれる理由がある。若者は、お金を稼ぐ手段がかぎられていたり、家庭や学校のルールのなかで暮らしていたりする。そのため、好きなものを自分で自由に買えるチャンスはそう多くない。比較的安価なファッションは、その数少ない例外だからこそ、若者にとっては特別な楽しみになっている。
もちろん、それも最近になってまがりなりにも実現したことだ。いまより働くことが制限され、早く結婚することが求められていた時代には、ファッションを自由に楽しむこと自体が大きな挑戦だった。たとえば若い女性たちは長いあいだ、乏しい購買力を補うために洋裁の技術を身につけた。お店で買うかわりに自分でつくることで、服を自由に手に入れようとしてきたのである。

本書は、こうした例をはじめとして、モノがあふれる社会のなかで思うように生きられない人たちの工夫を探っていく。購買力をあまり持たない人びとは市場の外で服を手に入れたり、市場のなかで安いものを見つけたりしながら、どうやって自由の埋め合わせを手にしてきたのか。洋服が着られるようになった1920年代から現在まで、若い女性たちは手づくりにくわえて、古着や国産の安い服を楽しんできた。若い男性たちもまた、親の手を離れて、自分たちだけの既製服のスタイルを生み出していった。その延長線上にいまのファストファッションの流行もあるのだとすれば、そこには、誰にでも自由な楽しみが開いているわけではない現代の消費社会を乗り越えようとするグローバルな希望の欠片をみることができるのかもしれない。


書名 :「: 消費はいかにファッションと身体をかたちづくってきたか
著者 :貞包英之
頁数 :480頁
刊行日:2026/9/26
出版社:青土社
定価 :3960円(税込)