18世紀のヨーロッパで花開いたとされる「啓蒙」とは、女性にとってどのような経験だったのか。女性は「啓蒙」をどのようなものとして捉え、その運動のなかにみずからどのように加わったのか。このような問いに取り組んだ思想史の学術書です。

おおまかにいって、これまで「啓蒙と女性」というテーマをめぐっては、一方で、「啓蒙」は女性を解放しエンパワーするものだったという議論があり、他方で、「啓蒙」は女性を差別し抑圧するものだったという議論がありました。本書は、これらの両極端な立場のうち、どちらに与するのかをはじめから決めることはしません。まずは実際に「論じる主体」となった女性たちの視点から、この「啓蒙」という思想運動を掴みとらなければならないと考えるからです。

本書が光を当てるのは、18世紀末のイギリスで政治や教育にかんする自分の意見を表明した5人の女性思想家たちです。「近代フェミニズムの母」と呼ばれるメアリ・ウルストンクラフトの登場は、予想どおりかもしれません。ですが、本書は彼女だけでなく、思想史研究ではほぼ無名の女性思想家たちの存在も掘り起こし、「保守派」に分類される女性たちにも焦点を合わせます。フランス革命の衝撃を受けて巻き起こった論争に加わるなかで、彼女たちは「女性の知」というものをどのように捉え直したのでしょうか。

本書の終章では、こう書きました。「女性思想家の場合、同時代の人びとから権威ある存在とみなされず、また後世の人びとから忘れ去られたという事実そのものが、むしろ逆説的に、その知の営みがもつ独自の価値の証明になるという考え方も十分に成り立つのではないか。」(313頁)

気軽に読める本とはいいづらいですが、本書を通じて、5人の女性思想家たち一人ひとりの知の「挑戦」に立ち会っていただけたらと思います。

【目 次】
序 章 啓蒙と女性
     1 解釈のなかの啓蒙と女性
     2 歴史研究における啓蒙と女性
     3 第一の研究視角 —— 女性思想家たちの視点
     4 第二の研究視角 —— 動詞としての「啓蒙」

第1章 女性思想家たちにとっての「啓蒙」
     1 対象の設定 —— 18世紀末イギリスの5人の女性思想家たち
     2 問題の設定 —— いかにして啓蒙の主体になりえたのか
     3 方法の設定 —— 個人の主観の分析

第2章 啓蒙された愛の希求
      —— メアリ・ウルストンクラフトの2つの『擁護』
     1 ウルストンクラフトの「力強さ」
     2 ウルストンクラフトと「新しい世界」
     3 『人間の権利の擁護』——「啓蒙された自己愛」の追求
     4 「愛」をめぐるバーク批判 —— 理性の「光」に照らして
     5 「啓蒙された哲学者」への批判 ——「誠実さ」をめぐって
     6 『女性の権利の擁護』——「啓蒙された哲学者」としての自己呈示

第3章 服従のための啓蒙
      —— ハナ・モアの反革命パンフレット
     1 モアの「矛盾」
     2 モアと福音主義信仰 ——「弱さ」と「強さ」
     3 『村の政治』の執筆とその意味づけ
     4 『デュポン氏の演説についての所見』の執筆とその意味づけ
     5 フランス革命の無神論に抗して —— 亡命聖職者の救済チャリティ
     6 政治にたいする宗教の優越性 ——「女性的」資質の価値
     7 パンフレット出版後の自己省察 —— 平静を保つために
     8 『現代女子教育体系批判』—— 女性の理解力の「啓蒙」

第4章 日常生活に根ざした啓蒙
      —— アナ・バーボールドの政治パンフレット
     1 バーボールドの「手ごわさ」
     2 非国教徒のなかの「異議」—— 政治パンフレットの出版
     3 政治パンフレットにおける自己呈示 —— 匿名という選択
     4 「謎かけ」の装置としての筆名使用 —— 精神を鍛えるために
     5 「女性的」価値に根ざした学び合い —— 社交性と共感をもとに
     6 日常のミクロな「啓蒙」への期待 ——『マンスリー・マガジン』の論考

第5章 女性の経験にもとづく啓蒙
      —— メアリ・ヘイズの論争への参加
     1 ヘイズの「独自性」
     2 非国教徒の論争文化とウルストンクラフトの助言
     3 『マンスリー・マガジン』誌上の論争の展開
     4 エルヴェシウス哲学の擁護 —— ゴドウィン哲学との距離
     5 女性の知的能力の擁護 —— 個人の情念がもつ変革の力
     6 女性の「愛」がもたらす社会的効用 ——『男性にたいする訴え』
     7 「啓蒙された時代」を展望することの困難

第6章 世代継承される啓蒙
      —— ジェイン・ウェストの若者宛ての『手紙』
     1 ウェストの「マイナー性」
     2 ウェストの体制擁護論 —— 主教パーシーの庇護のもとで
     3 『ある若者への手紙』における急進派との戦い
     4 『ある若者への手紙』における福音主義勢力との戦い
     5 歴史の継承性と母親の役割 ——「真に正統的」な保守として
     6 「啓蒙」の担い手としての自己認識 ——『ある若いご婦人への手紙』
     7 若い女性に求める「啓蒙」—— 近隣コミュニティへの奉仕

終 章 女性思想家たちの「啓蒙」経験
     1 啓蒙の担い手としての主張
     2 啓蒙への参加を可能にしたもの
     3 女性思想家たちへの批判 —— アンチ・ジャコバンという「暗黒」
     4 政治的対立への忌避感 —— 女性思想家たちの「沈黙」
     5 「女性の知」の可能性を求めて

 あとがき
 注
 文献一覧
 図版一覧
 索 引

◆書誌データ
書名 :啓蒙と女性思想家たち ウルストンクラフトから保守派まで
著者 :梅垣千尋
頁数 :474頁
刊行日:2026/09/30
出版社:名古屋大学出版会
定価 :6930円(税込)