今、売春防止法の改正が検討されている。
それは、この国の人びとの性のあり方をどのように捉え、どのようなルールのもとに置くのかを問う重要な問題である。
にもかかわらず、十分な議論が尽くされないまま、法律が変えられようとしている。
売春防止法の見直しは、近年の路上における売買春の増加という、当面の課題への対応にとどまるものであってはならない。求められているのは、近現代日本の性管理政策の歴史を踏まえ、人びとの性の自由と国家による規制のあり方を問い直しながら、私たちがどのような社会を築いていくのかを、長期的な視野に立って構想することである。
「売買春に係る規制の在り方検討会」の取りまとめ報告書は、主として法学の専門家によって作成された。しかし、売春防止法をめぐる問題は、その歴史的な成り立ちからして、法学的な視点だけで捉えきれるものではない。
売春防止法は1956年に制定されたが、それまで、約10年間にわたって、法制定の是非や方向性についての幅広い議論が行われた。当時の売買春の状況だけでなく、明治時代から長く続いた近代公娼制度の歴史をどのように解釈し、どうやって新しい時代を創っていくかということが論じられていた。
売春防止法の制定を求めた人びとは、甚大な被害をもたらしてきた近代公娼制度を否定し、それとは異なる方向へと日本社会を転換させようとした。その試みは、売春防止法の制定によって、一定の実現をみた。
そのような経緯ゆえに、売春防止法を理解するためには、近代公娼制度の歴史についても知る必要がある。近代公娼制度は軍隊の性感染症予防を第一の目的としており、当時の法や政策、ジェンダーやセクシュアリティ、軍隊、医学、植民地支配等、様々な事柄が複雑に絡む問題である。
売春防止法の改正には、その制定過程のみならず、その制定後の約70年間に、この法律が社会に何をもたらしてきたのかを検証することが欠かせない。しかし、その歴史的な検証と評価は、いまだ十分に行われていない。
最近の売春防止法問題をめぐる報道では、諸外国の事例が目立って取り上げられている。しかし、それぞれの国の歴史的・社会的背景や制度の運用実態まで十分に掘り下げられているとは言い難く、日本の売春防止法の今後を考えるための比較材料としては、なお検討の余地がある。
買春処罰を求める社会運動において、「北欧モデル」はしばしば理想的な制度として高く評価される。しかし、このモデルを導入した国々で、日本の研究者が独自に当事者調査を実施し、その成果を日本社会の実態と比較検証した研究を、私は知らない。
こうした比較研究は、今後、積極的に取り組まれるべき重要な課題である。ただし、北欧諸国の歴史や社会を深く理解するには、現地の言語を習得し、長期にわたって現地で調査・研究を行うなど、相応の研究の蓄積が必要となる。
政府は、今後の日本社会にふさわしい制度改革の方向性を見極めるためにも、北欧と日本の双方における売買春の実態と歴史的背景を熟知し、制度の効果と限界を検証できる研究者を、早急に育成すべきである。
ただし、私自身は現在、買春処罰には反対の立場である。
私が支持するのは、売春と買春の双方を非犯罪化する一方で、性暴力そのものを厳正に処罰する方向性である。業者による強要や搾取も、引き続き処罰の対象とすべきであると考えている。
私は、「買春は、それ自体が暴力である」という主張には賛同する。また、誰もが生活のために売春することを余儀なくされずに生きていける社会を目指すべきだと考えている。しかし、社会的・構造的な暴力を批判することと、それを刑事罰によって取り締まることとは、区別して考えねばならない。
そもそも、私たちの日常生活には、いじめや嫌がらせをはじめ、さまざまな暴力が存在している。そうした暴力が深刻な問題であることは言うまでもないが、それらをすべて警察が監視し、その判断によって取締りが行われるならば、私たちの暮らしはどのようなものになるだろうか。警察による人びとの生活への介入を、際限なく拡大させてはならない。
もちろん、これは警察の役割そのものを否定する主張ではない。性暴力を受けた人を守り、加害行為に適切に対処することは国家の重要な責務である。とりわけ、被害者が性産業に従事していることを理由に、性暴力の被害が軽視されたり、加害者の責任が問われなかったりすることがあってはならない。被害者への対応にあたっては、被害を受けた人自身の意思と主体性とが、何よりも尊重されねばならない。
かつて、近代公娼制度の時代には、公娼だけでなく、私娼の取り締まりの役割も、警察が担った。今でいうところの「立ちんぼ」(「街娼」)は、公娼よりも、私娼と重なるところが大きい。
近代公娼制度については、しばしば「国が売買春を認めた」制度だと説明されるが、実際には、当時、国が認めていたのは、徹底した管理と統制のもとに置かれた遊廓の中の売買春だけで、その外側で許可なしに売春した女性は、警察に逮捕され、勾留され、罰金を取られ、性器を検査され、新聞記事で実名をさらして報じられる等の社会的制裁を受けることになった。
私が今、最も危惧しているのは、再びそのような時代へと逆戻りしてしまうことである。
街角に立っているというだけで、売春や買春を疑われ、警察による監視や取締りの対象となる、そんな社会が再び現実のものとなるかもしれない。
問題は売買春にとどまらない。
国家による性への介入が際限なく拡大すれば、やがては、不倫をはじめ、人びとの私的な性的関係に、広く取締りが及ぶことが懸念される。
そうした時代への逆行を防ぐためにも、国家による性の管理の強化が、歴史的にどのような問題を引き起こしてきたのかを学ぶ必要がある。
その際、とりわけ重要なのは、そうした制度のもとで生き、その抑圧を、身をもって経験した当事者たちの声である。
売春防止法は、女性たちを、自らの意思で生き方を選ぶ主体としてではなく、国家の「保護」の対象と位置づけてきた。その問題を克服するためにも、かつて女性たちが何を経験し、何を訴え、どのような社会を求めていたのか、その声に、あらためて耳を傾けたい。
なお、この問題の当事者を、狭く「赤線従業婦」等に限定する必要はない。たとえば、売春防止法制定に向けた国会審議では、売春だけでなく「妾」の問題も議論の対象となった。しかし最終的に「妾」は、同法の規制の対象には含まれなかった。しかし、だからといって、「妾」とされた女性たちを、この問題の当事者から除外してもいいわけではない。むしろ、そうした女性たちの経験を視野の外に置くことは、売春防止法の制定が持っていた歴史的な意味を、かえって見失わせることになる。
そもそも、当事者と非当事者の境界は、必ずしも自明なものではなく、一見、この問題とは無関係に見える人びとも、実際には、同じ制度のもとで、その生き方を左右されていたのである。
この連載では、今後、以下のようなテーマに沿って、売春防止法制定前後に、女性たちが何を望み、何を訴えていたのかをたどりたい。そしてその声を手がかりに、今、私たちが直面している問題を問い直し、これからの社会のあり方を、読者とともに考えていきたい。
*****以後の予定*****
第2回 売春をしていた女性たちは売春防止法制定に反対していたか
法律の制定を望んだ女性はいなかったのか。反対した女性たちは、何を守ろうとしていたのか。
第3回 売春をしていた女性たちの声は届いたか
日本社会は、その声をどう受け止めたのか。女性たちは自分たちの要求を、どのような方法で社会に伝えたのか。
第4回 女性たちはどのように連帯し、分断されたか
赤線従業婦と、法律の制定を求めた人々との間には、どのような共通点や対立があったのか。
第5回 売春は禁止、妾はそのまま?
売春防止法をつくろうとした人々は、なぜ「妾」も禁止しようとしたのか。そして、なぜそれは実現しなかったのか。
第6回 女性たちは、「保護」や「更生」をどう受け止めたのか
女性たちは婦人保護施設で何を経験したのか。そこでの支援は、彼女たちが望んだものだったのか。
林葉子:学習院大学教授









