エッセイ

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<女たちの韓流・9>「青春の罠」    山下英愛

2010.10.06 Wed

①裏切りと復讐

hanryu yamashita1 今年の夏、ようやく韓国ドラマ「青春の罠」(1999、SBS全24回)を見た。この連載でもたびたび名前が挙がっている作家金秀賢(1943~)の作品だ。以前、家に泊まった韓国の友人が、一晩中このドラマについて熱弁を振るったことがあり、ぜひ一度見たいと思っていた。日本では昨年BS11で放映されたらしく、DVDにもなっている。

主人公ユニは、幼くして両親に先立たれ、母方の祖母と叔母に育てられた。貧しいながらも暖かい愛情を受けて育ち、大学まで通うことができた。そこでトンウと出会い、相思相愛の仲になる。そのうち妊娠するが、いずれトンウと結婚して家庭を築くことを信じていたユニは、兵役中のトンウに心配をかけまいと、何も言わずに出産し、娘ヘリムを得る。ユニの家でもトンウを許婚者として認めていたので、ユニの選択を受け入れ、ヘリムを育ててきた。

 一方のトンウは、貧しい島に生まれた極貧家庭の長男だ。勉強ができて、ソウルの一流大学に進学したが、自分に期待を寄せる田舎の家族が心の負担であるうえ、貧乏暮らしを忌々しく思っている。兵役中、休暇で訪ねたユニの家で、いきなり「あなたの娘よ」と赤ん坊を差し出されて驚くトンウ。大学を出て働いても、貧しさから一気に抜け出すことはできないとわかっているトンウにとって、ユニとの結婚もヘリムの存在も肩の荷が重くなる話でしかない。

 ユニはそんなトンウを気遣って、大学を惜しげもなく中退し、知人のコネで中堅企業の会長室秘書の仕事を得、働き始める。大学を卒業したトンウがその企業に入社できるようにしただけでなく、貧しいながらも給料の半分はトンウの実家に仕送りしている。トンウもその会社で若手の有能社員として認められるようになり、あとは正式に結婚して親子三人水入らずの生活が待つのみだ。

 ところが、そんなある日、会長の姪にあたるヨンジュがトンウを見かけて一目ぼれし、積極的にアプローチしてきた。最初はとまどい消極的だったトンウも、いつしかヨンジュに惹きつけられてゆく。活発で率直にものを言うヨンジュは、思慮深く物静かなユニとは正反対の性格だ。ヨンジュの母親は、亡き先代の会長の妾だが、戸籍上は子どもを産めなかった正妻の娘になっている。ヨンジュと結婚すれば、行く行くはこの企業の経営に関与する地位と財産を得ることは間違いない。トンウにとっては貧しさから脱するまたとないチャンスでもある。

 ユニとヨンジュの間で揺れたトンウは、ついにヨンジュと結婚することを決心し、ユニに別れを告げる。7年間、ひたすらトンウに尽くして生きてきたユニにとって、それは信じがたい裏切りであった。トンウとの別れは、自分が未婚の母になり、ヘリムを父無し子にすることでもある。祖母や叔母が受けるショックも並大抵ではないだろう。しかし、どんなに哀願しても自分のもとには戻らないというトンウに、いつまでもしがみつこうとは思わない。

 yamashita october2ユニはトンウに対する未練を断ち切って、たくましく生きることにする。ところが、そんな矢先、ヘリムが不慮の事故で死ぬ。娘の突然の死に直面し、悲しみのどん底に突き落とされたユニ。娘の父親であるトンウに急を告げるが、ユニの未練だと勘違いしたトンウは、娘との最後の別れの場に現れなかった。ヘリムを失ったユニの悲しみはトンウに対する怒りを生む。日頃、父親を恋しがった娘の面影がユニを苦しめ、ヘリムとの別れを無視したトンウへの怒りは復讐心へと変わってゆく。「あなたをぶっ壊してやる」というセリフがその思いを象徴している。

 ユニは会社で、図らずもヨンジュの兄で会長の後継者となるヨングクに見染められる。ヨングクは屈折した性格の遊び人だが、ユニを愛することで心を入れ替え、後継者として再出発を図ろうとしていた。ユニはトンウに復讐するためにヨングクとつき合い始める。だが、ヨングクの真剣な愛の前で、ユニはすべてを打ち明ける。自分を裏切った恋人に対する復讐心、ヘリムとその死。相手がヨンジュの婚約者であること以外はすべて白状するが、ヨングクはそれすらも受け入れてユニを愛そうとする。ユニの復讐心もヨングクの愛によって癒され、溶解してゆく。

 一方、ユニがヨンジュの兄とつき合い始めたことを知って、気が気ではなかったトンウも、父の死をきっかけに自分の行いを反省する。トンウへの復讐の矢を見失ったユニとともに、抜き差しならない事態の前でうろたえる二人。そのうち、トンウの過去がユニの友人の口を通してヨンジュに伝わる。ヨンジュは子どもの死のことを聞かされて衝撃を受けるが、それでもトンウへの思いを変えない。だが、ついにその相手がユニであったことを知る…。

果たしてこの四人の運命はいかに。ここからの展開が興味深いところだが、このドラマはぜひ見てもらいたいので、後は書かずにおこう。

 ②タブーだった“婚前妊娠”

このドラマは1978年にMBCで放映された金秀賢の同名ドラマをリメイクしたものである。人物の設定もストーリーもほぼ同じだったらしいが、当時は結婚前のユニが妊娠して子どもを産むという内容が問題となり、途中で放映を打ち切られた。軍事政権が支配していた当時は、放送倫理委員会が番組の内容を厳しくチェックするシステムがあり、その基準に抵触したのである。ドラマの審査基準では、とりわけ三角関係や妻と妾の葛藤、未婚の母、夫の浮気などが警告の対象になった。

 yamashita october3いずれにせよ、78年版は20回で中断させられたため、視聴者たちはこのドラマの結末を見ることができなかったわけだ。リメイク作は、約20年前にドラマの結末を見損ねた視聴者たちにとって、待望の放映となった。よく“復讐ものの元祖”としてこのドラマが引き合いに出されたりもするが、内容はずっと奥が深い。さすが“ことばの魔術師”と言われる金秀賢のドラマである。セリフの一つ一つに味があり、性格描写も絶妙だ。注目された結末も、納得のいく展開になっている。

 金秀賢は俳優のキャスティングや演技指導にまでことごとく口を出すことで有名だ。彼女のドラマに出演することは、演技力をはじめ素質を評価されたことを意味し、俳優にとっては光栄なことらしい。一度起用されて信頼されれば、何度も起用されるので、“金秀賢師団”などと呼ばれたりする。でも、自身は、「ドラマが終わればみんなバラバラで、また一緒に仕事をしたくても、スケジュールが合わない場合が多いのよ、アハハ」とツイッターに書いている。

 ③名優たち

78年版では、トンウ役を李政吉(イ・ジョンギル1944~)、ユニ役を李孝春(イ・ヒョチュン1950~)、ヨンジュ役を金玲愛(キム・ヨンエ1951~)が演じている。李政吉と金玲愛は、「波濤」(連載5参照)の後半でラブストーリーの主人公となって中年の愛を見事に演じた人たちだ。李孝春は、冬ソナでサンヒョクの母親を演じた俳優である。99年版ではユニ役を沈銀河(シム・ウナ1972~)、トンウ役を李鐘元(イ・ジョンウォン1969~)、ヨンジュ役を柳好貞(ユ・ホジョン1969~)が好演した。映画「八月のクリスマス」でヒロインを演じた沈銀河は、このドラマで最高の人気を得るが、翌年突如として引退してしまった。涙の演技は冬ソナのチェ・ジウをはるかに凌ぐ。しかし、ドラマの中の人物像としては、尽くしたトンウに捨てられ傷ついて、次はヨングクに尽くして良妻賢母たろうとするユニよりも、トンウをとことん愛そうとするヨンジュの方が新しい女性像を体現しているように見える。

 「若者のひなた」(1995)でチャヒと子どもを捨てるインボム役を演じた李鐘元(イ・ジョンウォン)は、トンウ役ですっかり悪役が板につき、一頃は「不倫専門俳優」というよろしからぬあだ名がついた。それに対して、ユニを愛するヨングク役を演じた全光烈(チョン・グァンヨル1960~)は、すっかり女性ファンの心をつかみ、その後、60%を超える高視聴率の人気ドラマ「許浚」の主人公を演じて一躍トップスターの座についた(一言付け加えるなら、ヨングクのユニに対する行動は職場セクハラの典型である)。

 そして、何よりも「青春の罠」を引き立たせているのは、ユニの祖母役を演じた呂運計(ヨ・ウンゲ1940~2009)と叔母役のチョン・ジェスン(1947~)、先代会長の正妻役の金容琳(キム・ヨンリム1940~)、妾役の鄭永琡(チョン・ヨンスク1947~)、そして現会長役の金茂生(キム・ムセン1943~2005)ら、ベテラン俳優たちの演技である。呂運計は「宮廷女官チャングムの誓い」(2004)で最高尚宮を演じたことで日本でも有名になったが、惜しくも昨年ガンで亡くなった。「憎くてももう一度」でジョンフンの欲深い母親役を演じた金容琳は、髪型から服装までまったく同じスタイルで登場しているにも関わらず、ここまで奥深い善人を演じることができるのかと感嘆させられる。

 ④ソウルの夜景

ドラマを見終えて後々まで心に残るのは、何といってもユニの家を中心とする庶民たちの生活空間である素朴な光景と、ユニとトンウが時には切なく、時には激しく言い争った小高い丘の背後に広がる夜景である。それは決してきらびやかなものではなく、普段の生活の中で目にする景色である。私もソウルに留学中、寄宿舎の近くにある丘にしばしば登り、東大門から北に連なる石造りの城壁の上に座って、ソウルの夜景を眺めたものだ。それは、高いビルや高級アパートの上から窓越しに見るのとは違って、自分がその景色の中に取り込まれたような一体感がある。すぐ手の届きそうな所にひしめくように建っている小さな家々から聞こえてくる犬の鳴き声や喧噪が、生活の匂いとともに五感に飛び込んでくるからだ。

 今では再開発が進み、こうした丘の斜面にびっしり建てられた庶民住宅の光景はソウルから消えつつある。「青春の罠」は、消え去りつつある90年代までの情緒あふれた韓国と韓国人を感じるのに絶好のドラマである。

 写真出典:http://imnews.imbc.com/、http://www.ohmynews.com/、http://www.chosun.com/

カテゴリー:女たちの韓流 / WAN的韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛

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