アートの窓

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いちむらみさこ(ホームレス・アーティスト)2

2009.05.01 Fri

2・“コジキャル・スナックぱる美”訪問レポート
(文:A-WAN すずき)


左:カウンターに立ついちむらみさこさん。胸元に注意!(写真:A-WAN すずき) 右:スナックはる美の看板(写真:中西美穂)

横浜の中央を流れる大岡川に沿って弧を描くように建つ “都橋商店街”は映画のロケ地にもなる昭和テイストの飲食街。そこに実在する“スナックはる美”が一晩だけ“コジキャル・スナックぱる美”になるというので、中西さんに連れていってもらう。カウンター席8席の3坪ほどのお店に入ると迎えてくれたのは、“ぱる美”ママことART LAB OVA(アートラボ・オーバ)の蔭山ヅルさんといちむらみさこさん。

いちむらさんはピンクの割烹着の胸元に黒々とした胸毛をのぞかせている。「胸毛ですか」とおそるおそるたずねると「これ、いいでしょう縲怐vと明るい答えが返ってきた。縫いものをしていた友だちからフェイクファーの布を分けてもらい、割烹着の胸元に縫いつけたのだそうだ。 中西さんとお通しの“ドヤカレー”をつまみつつ、ヅルさんママといちむらさんママの軽妙なやりとりを聞きながらお店の雰囲気になじんだ頃、「先生、お久しぶりです!」と女性がふたり大きな紙袋をもって来店した。予約を内緒にしていたふたりは、いちむらさんの教え子だそうだ。「私たち今もうスッゴイ社会人なんで、差し入れです!」と、高島屋の袋からピンクの花々と大きいマスクメロンで飾られたバスケットを取り出した。
再会を喜びあったところで「久々に再会した先生が胸毛ってどうですか」と聞くと、「いやあ、先生はずっとこんな感じでしたよ。版画習ったんですけど、版画科でも版画やらなくてもいいんだ縲怩ニいうことを先生から教わりました。ラジオ体操やったり、先生の授業、楽しかったですよ縲怐v。そういえばこのお店も“芸祭”の出店のようで、懐かしい感じがする。
「今日のことは何で知ったんですか」ときくと、1年前ぐらいにmixi(インターネットのコミュニティサービス)で先生の消息を知ってぜひ来たいと思っていたのだそうだ。ふたりからいちむらさんのブログの話題が出たので、いちむらさんのブログがあることを知った。登録やIDなど必要な手続きはどうしているのか聞いてみると、「都心だと地下鉄の駅とか、パソコンだけでつながるんですよ」とふたりが教えてくれた。「え縲怐Aプロバイダとか、アドレスとか、いらなんですか?」と驚いていると、「パソコンは貰ったのがあって、今いるところの駅のフェンス沿いでもつながるんですよ。パソコン開いてこの辺かな縲怩ニ探しながらつなげるんですよ」といちむらさん。なんだか“SF”みたいだ、と思いながら、「ファーストフードの店内もつながる」とか、つながる話題で盛り上がった。

お客さんが増えて8席が満員になり立ち飲みの人も出てきた。下戸のいちむらさんはお客さんに酎ハイのつくり方を教わり、「指2本分焼酎を注いで」と理科の実験のように真剣に取り組んでいる。忙しいママさんの手が空く隙を見て質問してみた。
「路上の住まい“ロケット”に郵便が届くようになったって記事で読んだのですが、郵便届くんですか?」
「郵便届きますよ縲怐Bポスト(郵便受け)もあるし。住所は××区○○高架下…」
「それってどうやってできるようになったんですか」
「最寄りの郵便局にいって担当の人と話してダメといわれたけど、上の人呼んでもらって『私はここにいます。ポストもあります。郵便届けてください。』と交渉したら、じゃあ届けましょうということになった」
「それって民営化になってからのことですか」
「民営化は関係なく、それ以前からホームレスの人がいろいろと働きかけた結果できるようになったんですよ。ブルーテント村にもみんなの郵便が届くようになっているんですよ」。郵便局も案外捨てたもんじゃないと思った。

いちむらさんは、融通が利かない世の中の小さな扉をひとつひとつノックして、開けては通り抜けていく。いちむらさんが通り抜けた跡を見て、「私の住んでいる都会はこんな“かたち”をしていたんだ」と気づく。

いちむらさんは<ホームレス/ホームアリ><当事者/支援者>という境界線も通り抜けて、人と人、人と場所をつなぐ触手なのではないかと思う。物々交換や絵を描く場になるブルーテント村の『エノアール・カフェ』、ホームレスの女性たちと布ナプキンを制作・販売する『ノラ』の会、路上生活者と通行人とで調理し食卓を囲む『246キッチン』など次々思いついては実現させ、様々な場で「私たちはここにいます」と示している。

いちむらさんに会って “ホームレス”のイメージが変わった。“ホーム”はなくても“コミュニティ”はある。その中で支えあったりケンカしたりしながらも「人を守るのは人」なのだといちむらさんはいう。なにより“自分の生きる力”を信じられるってすごいことだ。

一度会っただけなのに、「いちむらさん、こないだの台風、どうしたかな」と気にかかる。いちむらさんはきっとたくさんの人の心の中に居場所を確保してしまうのだろう。イエがあってもどこにも居場所がない人はいる。その方が淋しいかもしれない。

※ “コジキャル・スナックぱる美”は、いちむらみさこさんと、ART LAB OVAの蔭山ヅルさんとスズキクリさんの三人で不定期に営業しています。
詳しくはART LAB OVAのホームページで!

URL: http://artlabova.org

※オリジナル布ナプキンブランド『ノラ』については、制作現場や販売協力店などに追加取材の上、レポートを追ってあげます。お楽しみに!

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