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エピキュリアン的転回 矢野久美子
2009.11.12 Thu
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<p> 千田さんのエッセイを読んで、マンガやロマンチック・ラブ、そして読むことの快楽についてあれこれと考えていたら、ラブと同じくらいの比重で食べ物にかかわる叙述が好きな自分に気がついた。グルメ本というのではない。記憶のあちらこちらから、読んだ本の食べ物が日常のなかで蘇るのだ。ここでは連想のままに、そのいくつかを紹介したい。<br /> 本の中の食べ物といえば、私の世代では少なからぬ人が、『ちびくろサンボ』の虎のバターとそれで作るホットケーキを原初的経験としてあげるだろう。<!–more–></p>
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<p>虎のバターはおいしそうだった。この絵本は私にとってそうした憧れと、それが人種差別問題で絶版になったという話題で終わっていたのだが、米原万里著『旅行者の朝食』(文春文庫)の「サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか」というエッセイに出会った。米原さんは、挿絵に描かれた「ジャングルがあり、椰子やバナナが生い茂り、ネイティブ・アフリカンが暮す地域」には元々ホットケーキはないこと、ホットケーキやパンケーキを常食するのはアメリカ人かイギリス人しかいないこと、虎はアジア大陸にしか棲息しないことなどを不思議に思い、『ちびくろサンボ』がインドを舞台にした物語であり、インドで医療活動をしていたイギリス人女性ヘレナ・バーマンによるものであったことを確認する。虎のバターはインド料理で使われるギーであり、ホットケーキはナンだった。そしてバーマンによる元々の絵本では、サンボはインド人の顔をしていたという。高度経済成長期の原初的経験には「アメリカ」からものを見る眼がしのびこんでいたのだ。</p>
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<p> 『旅行者の食卓』には、『アルプスの少女ハイジ』の山羊の乳についてのエッセイも収められている。ハイジやペーターやおじいさんが食べているチーズとパンと搾り立ての山羊の乳はたしかに本当においしそうだった。「一度でいいから山羊の乳を飲んでみたいものだ」と思っていた米原さんは、十四歳の時にアルバニアで初めて飲んだ。しかし拒否反応をおこし、ハイジを思い出しては「美味しいに違いない、美味しいはずだ」と自分に言い聞かせるが、好きにはなれなかったという。私自身は山羊のチーズは嫌いではないが、「味を知らないころに、この物語に出会えたのは幸運だった」、と書く米原さんに共感する。</p>
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<p> チーズといえば、忘れられないのは、須賀敦子著『霧のむこうに住みたい』(河出書房新社)の「七年目のチーズ」というエッセイである。須賀さんが留学先のパリから語学の勉強のためにイタリアに来たばかりのころ、中部イタリア山中の小さな町の家族に招待されたことがあった。そのとき「ナンド伯父さん」が地下の貯蔵庫から直径十五センチ、高さ十センチほどのチーズを出してきた。それはその家の山羊の乳で作られた「七年もの」で、はるばる日本からやってきた留学生にたいする心温かいもてなしだった。ところが、そうしたチーズには「ちっちゃなうじ虫がぎっしり湧いている」ものであり、家族は須賀さんの反応をみまもり、「思わず大きな溜息をついた」彼女を見て心から愉快そうに笑った。山羊特有の匂いやウジ虫が気になり、さらにそれを悟られまいとして、須賀さんは「せっかく私のために食卓にのった宝石のようなナンド伯父さんのチーズ」をよく味わえなかった。しかし、「パリの街角のチーズ屋で買うあの白カビに被われた偉大なカマンベールにではなく、自分は、あの八月の夜、暗い電灯の下の食卓で出会ったウジ虫チーズやみんなの笑い声に誘われて、この国から離れられなくなったのかもしれない」、と書いている。</p>
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<p> ところで、武田百合子著『富士日記』や『犬が星見た』(中公文庫)を思い出すと、なぜか私は真夜中に冷たいビールと一緒にアルミホイル包装の三角のプロセスチーズを食べたくなる。そういう叙述があったのかどうか忘れたが、とりわけ冬の寒い夜中にそのようなことをしたくなるのだ。そういえば、子供のころ県庁前の実家の隣に喫茶店があり、親が忙しかった幼年時代に私はときおりそこで店主や客の大人たちと時間をつぶしていた。そこに「チーズのおっちゃん」という名の、おそらく県庁勤めの人が来ていた。なぜ「チーズのおっちゃん」かというと、チーズが大好きで、「チーズを食べたら頭がよくなる」とか何とか言って私に当時はあまり好きではなかったチーズを食べさせていたからだ、と思う。きっと三角プロセスチーズだ。『富士日記』に書きとめられている食べ物は私の子供時代の食べ物と重なり、たとえばホットケーキの粉でつくる蒸しパンなどがよく出てくる。そういう意味では、私にとってプロセスチーズはホットケーキに近く、山羊のチーズとは隔たっている。</p>
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<p><a href="http://wan.or.jp/book/?p=113" target="_blank">次回「「料理」から読む今市子」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから</a></p>
カテゴリー:リレー・エッセイ









