「読者のうちで、カムアウトできる環境でなく、政府や社会から抑圧されたり、受け入れてもらえずに苦しいと感じている多くの人々へ。ぜひ、この本に慰めと安らぎを見出していただき、少なくともあなたは一人ではないと思い出してほしいと思います。ここは安全な空間ーーサンクチュアリです。我が家だと思って。さあ靴を脱いで、くつろいで。」――はじめにより

 原題を『Sancturary』とした本書はその名の通り、アジアのLGBTQ+当事者作家がアジアのLGBTQ+当事者読者に寄り沿って出来た、我々のひとつの居場所となるようなクィア・アンソロジーです。アジア8つの国と地域から英語で紡がれた17の短編を収録した本書は”アジア間の共通言語”さえも西洋由来であるという事実への哀愁と葛藤を響かせながら、故に開かれた世界に聞かせる声を携えています。

 西洋中心主義・ヘテロ中心主義下におけるアジアのLGBTQ+という周辺性を大胆に表象していることに加え、短編の並び順が国家資本主義的ライフイベント(就学・就業・結婚・出産等)に抗う人生の流れ(クィア・テンポラリティ)を示唆するという、正に脱規範性を誇る書籍です。こちらを日本語で紹介出来ることを嬉しく思います。

 この本を翻訳するそもそものきっかけは、訳者の修士論文の代替にあたる研究において、日本のキャラクター造形における役割語と翻訳イデオロギー及びクィア表象の関連についての小考と翻訳実践を試みたことでした。他言語から日本語への翻訳実践が意図せずも「正しい日本語」「正しい書きことば」や「ことばのジェンダー規範」及び「男ことば・女ことば」の再生産の場として機能してきた歴史を踏まえ、且つ、脱規範とは「規範のずらし」の連続であることを踏まえながら極めて実験的に日本語を紡ぎました。

 日本におけるLGBTQ+や「日本人でないアジア人」といったマイノリティ表象を試みる、他にない一冊になったと思います。

◆書誌データ
書名 :イン・クィア・タイム ――アジアン・クィア作家短編集(いきする本だな003)
著者 :イン・イーシェン リベイ・リンサンガン・カントー
訳者 :村上さつき
頁数 :364頁・並製
刊行日:2022/8/5
出版社:ころから株式会社
定価 :2420円(税込)

イン・クィア・タイム アジアン・クィア作家短編集 (いきする本だな003)

著者:アルハム・ベイジほか

ころから株式会社( 2022/08/05 )