『無限発話』への推薦コメント

聞け! 彼女たちの無限に尽きぬ言葉を。
性売買の現場は、女たちへの暴力と搾取に満ちたむごい場所だというのに、買う男の話は、そして自己責任だと笑う人々の話は、なぜ誰もしないのか?
―――桐野夏生

無限発話 買われた私たちが語る性売買の現場

著者:性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ

梨の木舎( 2023/06/29 )

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日本の読者のみなさんへ
性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ
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 『性売買経験当事者の無限発話』の日本版が出版されることを心より嬉しく思います。このまえがきを書きながら、ふと、性売買の現場にいたころ、多額の前払金が手にできるという理由で日本に売られていったオンニ〔姉さん〕のことを思い出しました。知り合いもいないし、ことばも通じない地に送られるということは、性売買以外には何もできないということが決定づけられてしまうわけです。日本と聞けば、私たちには、加虐的な性行為はもとより、AVを撮られて販売されたり、買春者による不法撮影物〔盗撮のこと〕が世界じゅうにバラまかれたりされるのではという恐怖がありました。そのときは、自分も日本に売られる身になるかもしれないとの思いからオンニに何のことばもかけてあげられず、それがずっと申し訳なく心残りでした。そんなふうに性売買経験当事者にとって恐怖の対象だった日本で、韓国の性売買経験当事者のグループである「ムンチ」の経験を発信し、性搾取の問題をともに考えることができるようになるなんて、深い感動を覚えます。

 何人もの当事者の経験を通じて日本の状況を聞いていたにもかかわらず、「ムンチ」のメンバーたちで日本の性風俗店街を訪れたとき、私たちは驚愕を禁じえませんでした。そこでは、一歩足を踏み入れた場所の何もかもが性売買と結びついていました。買春斡旋紹介所[無料案内所のこと]、女性たちを陳列した広告や看板、街角で客引きする男性たち、ガールズバーの宣伝をする若い女性たち、女性の身体を部位ごとに分けてモノ扱いする店、ファッションヘルス店などなど、ことばでは言い尽くせないほど数々の性搾取の連鎖を見せつけられました。いつでも手軽に買春のできる「文化」がすでにできあがっていました。ぞっとします。恐ろしくもあります。韓国の性搾取「文化」は、日本の性搾取「文化」を踏襲したものです。それゆえ「ムンチ」は伝えたかったのです。当事者の声が聞こえてこない社会に、聞こうとしない社会に、私たちの経験を通じて変化が起きることを望んでいます。

 本書は、性売買を持続可能にする要因が何なのか、「ムンチ」のメンバーの経験を通じて伝えようという発話です。あまりにも「常識からかけ離れている」し、「普通はありえない」から、理解してもらえないという人もいます。けれども、そうした「常識からかけ離れた」ことがすべて、性売買の現場では「普通」になるのだと、本書を通じて伝えたかったのです。「ムンチ」にとって発話とは、怒りであり、力です。性売買の経験がスティグマにならない社会、買春者や斡旋業者に厳しい視線の注がれる社会になることを望みます。買春者や斡旋業者の言い分が幅を利かせてきた性売買の現場ですが、これからはそれが通じなくなるよう、「ムンチ」はもっとパワフルに訴えていきます。

 数年来、「ムンチ」はフランス、ドイツ、南アフリカ共和国、イギリス、ニュージーランド、スウェーデン、日本の性売買経験当事者たちとネットワークを築いてきました。そうすることで、性搾取の本質に違いははないものの、それぞれの国の法制度によって当事者の状況に違いがあることを知りました。韓国では「性売買防止法」が制定・施行(2004年)されたことが脱性売買を可能にする根拠となり、「ムンチ」もまた現在のように声をあげ、性売買を維持し傍観する社会と立ち向かうことができました。韓国でも日本でも、世界じゅうのどこであっても、誰ひとり搾取の対象にならずにすむ社会になりますように。

 本書が、反性搾取の活動をおとしめ、脅迫し、攻撃する人々の真っただ中で活動を続けておられる、Colaboと仁藤夢乃さんをはじめとする日本の反性搾取運動の活動家のみなさんにとって、勇気の源泉となるなら幸いです。また、性売買経験当事者であることを明かせない状況であっても、自分たちの経験を分かち合い、当事者運動に取り組むColaboや性売買経験当事者ネットワーク・灯火のみなさんに深い愛情と連帯の思いをお伝えします。「ムンチ」の発話が日本の読者のみなさんに届くよう、情熱を注いでお力添えくださった金富子さん、小野沢あかねさん、萩原恵美さん、岡本有佳さんに感謝と尊敬をこめてご挨拶いたします。

 最後に日本の読者のみなさんへ。性搾取を許さない社会、誰ひとり性搾取の対象にならない平和で平等な社会を、ともに夢見てくださり、ありがとうございます。「ムンチ」はいつでもみなさんとともに現場に立ちつづける所存です。

2023年1月19日 韓国より

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【近刊案内】7月1日刊行!

『無限発話〜買われた私たちが語る性売買の現場』
性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ 著
萩原恵美 訳 金富子 監修 小野沢あかね 解説

梨の木舎
A5 判 204頁 7月刊行 本体1800円+税 
ISBN 978-4-8166-2304-2 C0036

<主な目次>
●1章 性売買のさまざまな現場から:ソープランド/集結地/島のタバン/座布団屋/キャッチの店/条件デート/手引き屋 ほか
★座談会1★無限発話〜当事者が語るということ

●2章 性売買女性を生きるということ:「当たり」の店主を探して/「当たり」の客を探して/グッとこらえて借金を減らさなきゃ/ヘンタイいろいろ、同じ穴のムジナ/ラクに稼げるという甘いことば ほか
★座談会2★無限発話〜当事者が語るということ

●3章 性売買の現場でみた買春男性たち:男ばかり悪者にされても困る/買春男は全国に5人?/ルームサロンのクズども ほか
★座談会3★無限発話〜当事者が語るということ

無限発話 買われた私たちが語る性売買の現場

著者:性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ

梨の木舎( 2023/06/29 )