周囲に高市支持者がひとりもいないので、どんな人が高市首相を支持しているのか、皆目見当がつきません。ネトウヨの男性が支持していることはわかりますが、女性の支持者はいったいどんな人たちなんだろうか?ふしぎでならない疑問に答えるような文章に出会いました。
 女性誌『Ecla』2026年2・3月号に、3人の女性寄稿者が「時代の”動き”を変える人 高市早苗、そのエナジーの正体」を書いています。特集は「2026年は『エナジェティック』に生きていく」。日本語で言えば「元気いっぱいに」ぐらいの意味でしょうか。たしかに高市首相は「時代の”動き”を変え」たし、「エナジェティック」に見えます。  そのひとり、美容ジャーナリストの斎藤薫さんが「猛烈さと愛らしさが国民の心をつかむ引力に!」と題する文章で、こう書いています。
 首相になったとたん高支持率を達成し、それを維持した理由を、「働いて働いて...働いて参ります!」という発言を聞いたときに感じたのは「『日本はきっと大丈夫!』何だか知らないが突如、期待と勇気が湧き上がり、そう思えた瞬間だった」と。
 日中関係をここまで険悪にしたあの問題発言のあとも、「中国の問題が勃発するも、信念を曲げない強気と、忖度のなさは久しぶりにみた”強い日本人”。思わずこの人についていこうという感慨を覚えたほど。」
 だけど、強気だけじゃなくて、斎藤さんによると「同時に”愛らしさ”を併せ持つ」からいいんだそう。YouTubeを通して見た「素顔のこの人」は「ともかく優しく穏やかでバランスもとれた、本当に”普通の良い人」で「嘘のない快活さとお茶目さが真骨頂の人」だとか。
 他に服飾史家の中野香織さんが「装いが語る”私のまま”でいという覚悟」、コミュニケーション戦略研究家の岡本純子さんが「”本物の笑顔”に見る戦略的コミュニケーション力」と題する文章を寄せています。
 YouTubeで公開するイメージが「素顔」なわけはないし、「素顔」と見えるものだって「戦略的コミュニケーション」のうちにちがいないでしょう。戦略的コミュニケーションの専門家が「笑顔」を「あの笑顔は『攻撃的』に見られないように意図的に見せている」と指摘しながら、それを「本物の笑顔」というのもヘンなもの。「本物」とカッコをつけているのは留保かもしれませんが、もしかしたら衆院選で大勝したあとの高市首相の笑顔は、笑いがとまらない「本物」かもしれません。
 装いが「私のまま」かどうかも意味不明。背広と同じパターンのジャケットに、インナーに襟付きのシャツなど着ないで、デコルテを見せた首元にアクセはいつもパール。パールは皇族が使う品位のサイン。めったにパンツははかず、最強の女装であるスカートスタイルで通し、足元はパンプス。これが「戦略的」でないはずがありません。男性の世界に参入してジャケットスタイルに適応しながら女装で通し、男性の背広が制服であるように、ジャケットにタイトスカートという定番のスタイルは、そのつど着るものに迷わなくてもいいし、わずかな変化でTPOに合わせられる。政治の世界で長く生きてきたひとならではの、賢い「服飾戦略」だと見えます。  この3人の寄稿者、美容とファッションとコミュニケーションの専門家。だからその専門の切り口からだけ高市首相を論じればよいかといえば、この3人の文章には、高市首相の政策については一言も出てきません。いくら『Ecla』がファッション誌だからといっても、初の女性首相を「見かけ」だけで論じるようでは、かつてある男性政治家が、「女性有権者はボクのネクタイだけを見ている」と言ったことを批判できません。これは媒体の性格のせいなのか、3人の寄稿者は媒体に対してそれこそ「戦略的」配慮をしたのか、それともこれは媒体をとりまく政治状況に対する「戦略的」配慮(「忖度」とも言います)なのか?  この文章だけでは、この3人の「早苗萌え」がホンネなのかそれとも「戦略」なのかは、判定できません。もしこの「戦略」が雑誌の読者に向けたものだとしたら、彼女たちは読者の共感を期待しているでしょうから、読者がこのレベルであることを想定していることになります。それとも編集者が?寄稿者を選ぶのは編集者ですから、美容とファッションの専門家のほかに、三浦まりさんのような女性の政治学者や水無田気流さんのような女性社会学者も同時に寄稿者に加えればいいのに。今では哲学者、評論家、ジャーナリストなどさまざまな分野に女性の発言者がいます。人材には事欠きません。
 この3人だけではありません。女性支持者のなかには、高市首相を「はきはきしていて、明るい」と評価するひともいます。たしかにこれまでの歴代男性首相が「言語不明瞭意味不明」なもってまわった発言をしていたことに比べれば、そして対抗勢力だった中道改革連合の「5G(爺)」に比べれば、清新な印象を与えることはたしかでしょう。ですが、政治家にとっては、その「はきはきした」口からどんな内容の発言が出るかが問題なのです。
 女性有権者の高市支持には、二つの理由があるように思えます。「初の・・・」に象徴されるように男社会の壁を打ち破ってくれた女性リーダーへの憧れと応援。もうひとつは男社会で忖度や迎合もあえてやってきたつらさや苦しさへの理解と共感。ですが、くりかえしますが、政治家はいかにその地位に就いたかではなく、何をするかで問われなければなりません。
 日本の選挙が「イメージ政治」「推し活」と呼ばれる現象をつくっているのは誰でしょうか?ファッション誌だって、責任がないとは思えません。