世界を、「力による支配」へ逆戻りさせないために

ニュルンベルク裁判や東京裁判にルーツを持ち、戦争犯罪をはじめとする重大犯罪を犯した個人を裁く世界で唯一の裁判所、国際刑事裁判所(ICC)。プーチンとネタニヤフに逮捕状を出したことで日本でも注目を集めたが、本書は、アメリカの制裁など危機に直面するなかで「法の支配」を守ろうと最前線で闘う裁判所の奮闘の日々を、所長の赤根智子さんが語ったものです。

2018年にICCの判事に就任した赤根さんは、ロシアのプーチン大統領らへ逮捕状を発付したのち、その報復措置としてロシアから指名手配を受けることになりました。夏休みの休暇でオランダから帰国していた際、NHKのニュースを通じてその事実を知ったという驚きの冒頭から本書は始まるのですが、裁判所がその後イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を出すと、今度はトランプ米大統領がICCを制裁対象とする大統領令に署名。本の刊行後に裁判官数名への追加制裁が科されるなど、裁判所を機能停止に追い込もうとする圧力を前に、裁判所は文字通り存続の危機にあるのです。

戦後、国際社会が法のもとに協調して積み上げてきた平和への礎が、力によってふみにじられ、風前の灯になりつつあるのではないか。世界は「法の支配」から「力の支配」にとって代わられつつあるのではないか――そのような大きな懸念を抱えつつも、戦争で勝った側が負けた側を裁く世界へと時計の針を戻さないために、「国際的な法秩序の守り手として、私たちは何としても踏みとどまらなくてはならない」という赤根さんの強い決意と信念が語られます(その素朴で芯の強いお人柄も伝わるはずです)。

「私たちの活動には、戦争の惨禍などに苦しむ世界中の被害者たちの希望が託されていることを忘れないでほしい。この人たちの希望の灯りを消してはならないのです」
「(冷戦後の雪解けムードのなかで)歴史の狭間で幸運にも誕生することができたICCという存在を、大切に守っていかなくてはならないと思います」(本文より)

戦後80年。歴史的に大きな曲がり角を迎えるいま私たちに何ができるのか。赤根さんと裁判所の奮闘を通じてみなさんにも一緒に考えてもらえたら嬉しいです。



◆目次
プロローグ プーチン氏から指名手配を受けた日
1章 二つの戦争犯罪の狭間で 国際刑事裁判所が戦争に対峙する
2章 国際刑事裁判所とは 
3章 私はこんなふうに歩いてきた 
4章 国際刑事裁判所と日本の未来
エピローグ 日本発の、「法の支配」を守る動きに期待して

◆書誌データ
書名 :『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』
著者 :赤根智子
頁数 :224頁
刊行日:2025/06/20
出版社:文藝春秋
定価 :1045円(税込)

戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない (文春新書 1496)

著者:赤根 智子

文藝春秋( 2025/06/20 )