被差別者の労働を日本近代経済史に位置づける

 55歳で地方銀行を退職して京都大学に入学した著者の瀧本哲哉さんは、そこで初めて、京都の街に在る、空間としての差別の痕跡や現状のすがたを目の当たりにします。本書はその肌感覚をスタートラインとして、近代における差別と都市の発展の関係に経済史の眼で切り込んだ研究書です。

 本書では、近代の被差別部落、在日朝鮮人集住地、遊廓を、差別が固定され可視化される空間、〈被差別空間〉として捉えています。社会秩序に組み込まれていた当時の「差別」は、被差別者の人としての尊厳を著しく損うだけでなく、労働市場での排除や賃金差別、遊廓での収奪、税制上の不合理などの結果、被差別者の人びとに対して多大な経済的不利益を強いていました。

 これまで、部落・在日・遊廓で差別を受けていた人々の近代史は、運動史としては研究されてきましたが、「差別によって人々が経済的にどのように不利益を被ったか」や、「差別を受けた人々が、結果として近代の経済発展にどのように貢献したか」という問題については、ほとんど顧みられてきませんでした。

 著者の瀧本さんは、両大戦間期の京都を中心に、それらの空間の中で生き抜き、空間の間を移動した人々に対する経済的差別の実態を、社会経済史の視点から解明しています。それは従来顧みられてこなかった、「被差別者が近代の経済発展にどのように貢献したか」を問うことです。京都の近代化、そして市民の受益は、差別の下支えの上に成り立っていました。
 
「差別」の日本経済史が、現代に生きる私たちの足元を照らし出します。


◆目次

凡例
はじめに

序章 被差別者としての「部落」・「在日」・「遊廓」
1 被差別部落民,在日朝鮮人,芸娼妓と社会的差別
2 本書の課題
 3 近代京都の「被差別空間」を考察する意義
 4 労働市場における経済的差別
 5 先行研究の検討
 6 本書の研究方法
 7 本書の構成

第1章 都市下層としての「部落」と「在日」
1 都市下層を構成する被差別部落民と在日朝鮮人
 2 被差別部落労働者の就業構造
 3 在日朝鮮人労働者の就業構造
 4 都市下層労働者の労働生産性
 5 都市下層労働者に対する経済的差別
 6 小括
コラム1 京都三条地区の非人と芸能

第2章 近代皮革産業の二重構造,軍需と「部落」
1 近代の皮革産業
 2 軍需産業としての皮革産業の成長
 3 「部落産業」としての皮革産業の衰退
4 近代の皮革産業の二重構造の特徴
5 小括
コラム2 「竹田の子守唄」と鹿の子絞り

第3章 京都の都市下層の就業構造と経済的差別
1 京都の近代化と産業構造の特徴
2 都市下層の人口動態と就業構造
3 京都の「部落産業」の衰退
4 崇仁・東九条地区の労働市場の混交
5 「被差別の空間」を生き抜く力
6 「被差別空間」が下支えした京都の近代化
7 小括
コラム3 京都に高麗美術館を設立した在日朝鮮人1 世

第4章 娼妓の労働実態と遊廓の大衆化
1 近代の遊廓の制度史
2 サービス業としての近代遊廓
3 遊廓,カフェーバーの大都市集積
4 娼妓稼業の実態と過酷な経済的差別
5 新吉原遊廓の大衆化
6 娼妓たちの自由廃業,ストライキ
7 小括
コラム4 遊廓経営が儲かる仕組み

第5章 遊廓・花街,芸娼妓と京都経済
1 近世の京都の遊廓
2 近代の京都の遊廓・花街の特徴
3 遊廓・花街が拡大した経済的背景
4 京都の遊廓・花街にみる大衆消費と贅沢消費
5 遊廓・花街が京都の財政・経済に果たした役割
6 小括
コラム5 京都の遊廓,赤線,現在の性風俗産業

第6章 被差別部落と遊廓をつなぐ差別と貧困
1 「被差別空間」の固定性
2 被差別部落民の移動性
3 在日朝鮮人の移動性
4 被差別部落と遊廓の連繫
5 小括

終章 現在の「被差別空間」の様相と差別形態の変容
1 近代の経済的差別と日本社会
2 近年の京都の「被差別空間」の外観
3 「差別」を巡る近年の世論の変化
4 部落差別の根拠の変遷
5 労働市場における部落差別と資本主義
6 イメージとしての部落差別
7 結び

おわりに
参考文献
索引

◆書誌データ
書名 :『近代京都の〈被差別空間〉:部落・在日・遊廓と経済的差別』
著者 :瀧本哲哉
頁数 :392頁
刊行日:2025/9
出版社:京都大学学術出版会
定価 :5280円(税込)

近代京都の〈被差別空間〉: 部落・在日・遊廓と経済的差別

著者:瀧本 哲哉

京都大学学術出版会( 2025/09/10 )