家族への信頼と感謝をもって 世界中の山々へ

 50年前の1975年、田部井淳子さんは女性で初めてエベレストの山頂に立ちました。エベレスト登はんはいまでも危険と隣りあわせですが、高機能な用具もなくノウハウも少ない時代、途中でどれだけの困難にみまわれたことでしょう。しかも、女性として初めての登頂です。体格と筋力の差にとどまらない、女性としての不利な状況をのりこえての快挙でした。

 『世界ではじめてエベレストの頂点に立った女性 登山家 田部井淳子の物語』には、田部井さんの生い立ちからエベレスト登頂、その後の活躍、そして愛するヒマラヤの環境とのかかわりまでが描かれています。
 山にあこがれ無邪気に冒険を夢見た女の子が、社会にでると女性ゆえの壁にぶつかります。山岳会に入れてもらえない、女性登はん隊がスポンサー探しをすると「女は家で子育てを」と何度も断られる……。それでも田部井さんがエベレストをめざせたのは、同じ山仲間である夫、政伸さんの支えがあったからだと思います。

 じつは、物語の文章では家族の愛については語られますが、夫の貢献にはふれられていません。けれどもそれは、田部井さんたちがネパールにむけて空を駆ける見開きの絵に見事に表現されています。ザックを背負った女性たちを見送るのは、スーツに身をつつみ、買い物かごをさげ娘を抱く政伸さん。
 いまは街でよくみかける光景ですが(買い物かごとエコバッグの違いはあれ)、50年前の男性にはありえない姿です。自由に羽ばたきながら、残していく家族に信頼と感謝をもってほほえむ田部井さんの表情が印象的です。

 この絵本は伝記ですが、原書である英語版の文章には説明的なところはありません。詩的な言葉と比喩とで読者のイメージをかきたてます。翻訳にあたっては、この原文をそこなわないよう心をくだきつつ、子どもたちの心にすっと入っていく訳文にしたいと思いました。

 本作はアメリカの優れた絵本にあたえられるコールデコット・オナー賞に選ばれました。生涯をかけて、女性初の7大陸最高峰登頂、76か国の国内最高峰を制覇した田部井淳子さん。英語圏の子どもたちにも彼女の偉業が伝わっていることを、同郷人としてとてもうれしく思っています。世界の田部井淳子さんを描いた本作の日本語版を、ぜひご一読ください。


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★映画化情報 田部井淳子をモデルとした映画が10/31に全国公開
「てっぺんの向こうにあなたがいる」
主演:吉永小百合 監督:阪本順治 配給:キノフィルムズ

映画公式HP「登山家 田部井淳子とは」には本書も関連書籍として紹介
https://www.teppen-movie.jp/history/


書 名:世界ではじめてエベレストの頂点に立った女性登山家 田部井淳子の物語
文  :安田アニータ
絵  :清水裕子
訳  :おおつか のりこ
頁数 :41頁
刊行日:2025/11/4
出版社:西村書店
定 価:2200円(税込)

世界ではじめてエベレストの頂点に立った女性 登山家 田部井淳子の物語

著者:安田アニータ

西村書店( 2025/10/28 )