
「中立な個人という神話」の先へ
個人的には善良と思われる男性でも、女性差別が話題となった途端に話が通じなくなったという経験をもつ女性は少なくないのではないだろうか。それは、信頼に足るかもしれないと感じていた男性個人が、差別者の相貌をみせる瞬間である。あるいは、女性解放や権利拡大を求める活動に参加している男性が、頑なに自らの差別者性を否定したり、他の男と一緒にするなと、男性であるだけで批判されることを心外としてキレ出した、などという経験をもつ人もいるかもしれない。
これらのコミュニケーションにおける齟齬や係争は、個人的な思想や性格の相違や対立が惹き起こすものというよりも、ポジショナリティの忘却によってもたらされている可能性がある。このような場合、その男性たちは、自らの集団的利害を棚上げして女性たちに対峙していて、その棚上げという態度が女性たちに不快感や、もっといえば傷つけているのではないかと思える。
ポジショナリティは差別や抑圧といった集団間に権力関係が存在する場合に、集団的利害のありようと、その個人への分配を焦点化する視点である。その相違を抑圧側/被抑圧側の双方にある人びとが共通認識として共有することによって、ポジションを超えた協働の条件を準備するための議論である。逆にポジショナリティを曖昧化・無視する場合、利害の棚上げ、越境的言動(言葉どろぼう)、怒りと憎悪の取り違え、被抑圧者への責任転嫁、といったさまざまな分断の種子が撒かれることになるだろう。あるいは冒頭に挙げたように、女性を集団的なカテゴリーとして眺め、一方で自分を中立で公正な個人として認識し、自らを集団と切り離して認識可能なのも、自らのポジショナリティに無自覚であるから可能となる行為といえる。そういった事態を事前に回避し、ポジションを超えて平等な社会をつくるための条件として、本書でポジショナリティの重要性を考えた。
これらのことは、あらゆる権力関係において起こりうるだろう。本書では私自身が沖縄と日本との関係、ジェンダー(および性差別)を中心に研究してきたため、これらの領域からの事例が多いが、さまざまな権力や抑圧関係を考える際にもヒントがあるのではないかと思う。平等な社会を希求する人びとに、ぜひ読んでいただければと思う。
◆書誌データ
書名 :『ポジショナリティ入門――個人間に現れる集団の権力を読み解く』
著者 :池田 緑
頁数 :208頁
刊行日:2025/09/09
出版社:白澤社(発行)/現代書館(発売)
定価 :2640円(税込)
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