
なぜ国や自治体は結婚を「支援」するのか
◯本書の概要
2013年以降、若者に出会いの場を提供するなどして拡大してきた国や自治体による結婚支援策「官製婚活」。そこでは「幸せ応援」「結婚したい人の希望を叶える」といった巧言が並べられるが、実態はこれまで明らかにされてこなかった。官製婚活は何を目的に、どう進められてきたのか。現場への取材とともに検証する。
◯著者紹介
斉藤正美:1951年、富山県生まれ。富山大学非常勤講師。専攻は社会学、メディア研究、フェミニズム・社会運動研究。共著に『宗教右派とフェミニズム』(2023年、青弓社)、『まぼろしの「日本的家族」』(2018年、青弓社)、『徹底検証 日本の右傾化』(2017年、筑摩書房)などがある。
◯国や自治体はどのように結婚に介入するのか
若者は結婚を望み、出会いの機会を求めている。そうした前提のもと、国や自治体による結婚支援策「官製婚活」は進められてきました。現在では、結婚支援事業を実施していない自治体のほうが少ないともいわれます。読者のみなさまのお住まいの自治体でも、「女子力」やコミュニケーション能力アップのための婚活セミナー、AIを使ったマッチングシステム、出会いの場を演出する婚活イベントなどが行われているかもしれません。
一般にイメージされる婚活とは異なりますが、官製婚活としては、「20代での結婚や出産」を増やすべく、全国の中学校や高校(早ければ幼稚園や保育園)などでの「ライフプラン教育」「プレコンセプションケア」も盛んに行われています。「妊娠の適齢期は20歳から34歳まで」「卵子は35歳を過ぎると『老化』する」といった啓発がしきりに繰り広げられ、なかには、35歳を過ぎた卵子に受精を試みる精子を「熟女キラー」などと表現する冊子も登場しています。こうした教育は、女性たちが妊娠・出産に向かうための情報を豊富に提示する一方、産むか産まないか、いつ産むか、何人産みたいかかなどといった「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)の視点を全く持ちません。性暴力や避妊に関する情報もありません。
これらの結婚支援事業には、政府の「少子化対策」の予算が活用されています。政府が若い男女の結婚を推し進める背景には、若年女性に子どもを3人以上産ませるという政策目標があります。このことからも、官製婚活は単なる「結婚支援」ではないことが分かります。官製婚活は、私たち一人ひとり(とりわけ女性)の「生殖」を直接標的にした政策です。こうした政策が、なぜ、いつから、どのように生まれ広がってきたのか。本書では、全国のさまざまな事業例を見ながら検証していきます。
◯公共政策における「個人の権利」
本書では以下のような点についても分析を試みています。
・官製婚活は、日本政府が行ってきた従来の少子化対策の施策と質的にどう違うのか。
・国連では、人口減少社会における生殖の問題をどのように捉えているのか。
・「少子化」という概念の危険性や曖昧さ。
・2025年から2030年まで「5か年計画」によって集中的に取り組まれている「プレコンセプションケア」(受胎前・妊娠前ケア)と官製婚活との関係性。
こうした多岐にわたる視点から、日本の公共政策における「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」のありようを問題提起します。
◯「若い女性に子どもを......」
2025年7月、参政党の神谷宗幣代表は、第27回参議院議員選挙の公示第一声で次のように述べました。「申し訳ないけど高齢の女性は子どもが産めない。だから日本の人口を維持していこうと思ったら、若い女性に子どもを産みたいなとか、子どもを産んだ方が安心して暮らせるな、という社会状況を作らないといけない」。
神谷氏はその後、自身の発言について「生物学的な事実」であり、「差別」ではないと主張しました。しかし神谷氏の発言で強調されているのは、「生物学的事実」ではなく、「人口を維持していこう」「若い女性に子どもを産んでもらう社会状況を作ろう」という価値観です。
なぜ彼らは「若い女性」に子どもを産んでほしいのか。女性の「性や生殖についての権利」に、どのように介入しようとしているのか。本書がテーマとしている官製婚活も、まさにこの点が問われています。これまでの官製婚活の成り立ちや広がりの経緯、その立役者を紐解いていくと、上記の神谷氏の発言が突拍子もなく生まれた「失言」ではないことがわかります。
現在、国や自治体による結婚支援政策が始められてから10年以上が経過し、それは私たちの日常に浸透してきています。官製婚活の歴史をたどることは、私たちが置かれている現在地を理解する上でも有用ではないかと、私は本書の刊行に際して感じています。
◯規範的な生き方や家族像を問い直す
本書のなかでは、さまざまな自治体の結婚支援事業を取り上げています。本書のなかで挙げられている事業は、インターネットなどで確認できるものも多いので、気になったものがあれば、ぜひお住まいの自治体の取り組みと合わせて調べてみてください。
「官製婚活」という本書のテーマを通して、広くさまざまな論点について読者のみなさまと一緒に考えていけたら幸いです。
なお、本書では取り上げられなかった論点として「宗教右派による草の根の運動と官製婚活の呼応性」があります。これは、現在の自治体における結婚支援事業のありようを理解する上でも非常に大切な論点の一つだと思いますが、これに関しては「結婚、家族をめぐる保守の動き」(『徹底検証 日本の右傾化』に収所)という著者の論考があり、こちらも本書と合わせてお読みいただけたら幸いです。
◯本書の目次
第1章 官製婚活とは何か
第2章 「少子化対策」という課題設定
第3章 官製婚活を支える右派の家族観
第4章 官製婚活と「受胎前・妊娠前ケア」
終 章 官製婚活と日本社会のゆくえ
○書誌情報
書名:押し付けられる結婚 「官製婚活」とは何か
著者:斉藤正美
項数:144項
刊行日:2025/11/22
出版社:新日本出版社
定価:1980円(税込)
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
最終講義
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