行動するフェミニスト、船橋邦子さんの軌跡を記した著書が出版された。
 赤い帯には「このままでは死ねない! 沈黙は差別を許すだけ、変えていくことはできません。変えるのは行動と連帯です」と訴えている。
 まさにウーマンリブ世代からの熱い呼びかけだ。
1944年生まれの彼女の女性解放を求めての旅は、日本の女性が生きてきた戦後である。
 あらゆる平等は、未だ道半ばだが、彼女のような女性たちが満身創痍で闘い勝ち取ってきた権利の上に私たちは日々過ごしている。
 巻頭に「地球規模で考え地域で活動しよう」という「NGOとして参加した国際会議の合言葉」が掲げられているが、これは彼女が現在まで実践していることだ。
 彼女の出身校、神戸高校には、七歳上の先輩に樺美智子さんがいて、大きな影響を受けそのころから「教員の父と政治論争をはじめた」という。
 現在は、このころの禁欲的フェミニストを嫌う女性もいるが、船橋さんは、生きることを楽しみ、おしゃれでユーモアもある。また料理上手でお正月には仲間の女性たちに素敵なおせち料理をふるまっている。
 彼女の旅は「1960年代の大学闘争」や、ベトナム反戦運動のなかで、「戦後とは、民主主義とは、人権とは、国家とは、国民とは、の問いとともに始まります」と記している。

 その途上で世界中の「人と出会い、繋がり、悩み、迷い、失敗を重ね、笑い、泣き、喜び、感動しながらフェミニズムを生き、エンパワーした私の旅の記録であり、連帯と行動の記録」であるという。
 日本の女性学を共に築いてきた友人たちの大事な名が記されている。「アジアの女たちの会」(1977年)で松井やよりさん、「日本女性学会」(1979年)の小林富久子さん、渥美育子さん、編集スタッフとして駒尺喜美さん、藤枝澪子さん、井上輝子さん、田中和子さん、田嶋陽子さん、北沢杏子さん、国信潤子さん、渡辺和子さん……。メディアなどへの抗議行動も行われ、このころから「婦人」が「女性」に、「汚物」は「生理用品」に、「父兄」、「美人妻、独居高齢女性、未亡人」などの言葉もなくなった。
 1980年に、3人の子育て中に思い切って参加したコペンハーゲンの第2回世界女性会議、婦人の10年中間年、に参加して、「南北問題の視点を」、「女たちが自分や自分の国の問題としてとらえていくことが今最も必要」との思いを強くする。
 2001年の参議院選挙で、立候補の要請を受けて、大阪女子大学女性学研究センター教授の仕事を捨てての決断だった。成功には至らなかったが、「船橋邦子さんを国会に送る勝手連」や、「「魂の純度」の高い人たち」との「支援被支援の」関係は、「失ったものとは比較できないほどの大切な価値を学ぶ機会となりました」と振り返っている。

 また「NGOフォーラムで出会ったアフリカ・アジアの「「南」の女性たちから学んだ、いまだ終わらない日本を含めた帝国主義による植民地支配と女性への抑圧の構造と向かい合い、国家を超え、ひとりの女性として彼女たちと繋がるネットワークづくり、下からのグローバル化の旅」だったともいう。
 佐賀県立女性センター・県立生涯学習センター初代館長、大阪女子大学女性学研究センター教授、和光大学教授を務めたが、そのような研究職もフェミニズム運動とともにあった。

 そして「学問とは、研究とは、何のために、誰のためにするのか、と問い続けつつ、次の世代にバトンを渡し、私のフェミニズムの旅を終わらせたいと思います」とフェミニズムの根源的な問いを投げかけている。 
 しかし今ますます世界は彼女のような女性を必要としている。
 終章に載せられている「インドフェミニスト団体声明2001年」の「女の私には国がない、私の国は全世界」という言葉は、今後も私たちが目指していく目標であろう。
 巻末には、戦後の世界と日本、女性団体やNGO関係の動きの詳細な年表が載せられている。
 以下の目次に示された、女性差別を、言語化し解放運動をしていく彼女の活動は、地球という生命体を含め、共に生き延びるための闘いであるということが示されている。

• 序章 生きるためのフェミニズムを求めて
性差別の解消はどこまで進んだか/世界女性会議とフェミニストとの出会い/行動綱領の策定にNGOが果たした役割/女性の視点から近代と向き合う/本土だけに適用された日本国憲法/トランプ政権とプッシュバックの中で/

• 第1章 性差別大国・日本
差別は区別から始まる/性差別大国、日本の現状/「永田町住民」のやる気のなさ/税・社会保障制度が性差別を再生産/「家族は一心同体」という家族政策/「均等法」制定と「女性分断元年」/少子化対策と一体化した「男女共同参画社会基本法」/国際基準との大きなへだたり/行動と連帯を/

• 第2章 フェミニズムとの出会い――人生を変えた出来事
生い立ち/私の母と祖母/講義に出るより自治会に出入り/東大闘争の渦中に/私のフェミニズムの旅の始まり/「アジアの女たちの会」/日本女性学会設立直後に入会/結婚・子育て/

• 第3章 アジアの女性ネットワークと「アジア女性会議」
80年代日本の時代背景/◎アジア女性会議宣言文/「南」の女性による「北」の女性への問い――1980年第2回世界女性会議/【論考1】フォーラムに参加して感じたこと/【論考2】フェミニズムと第三世界/第2回アジア女性会議「創り出そう女たちのアジアを」

• 第4章 世界の女性が燃えた「北京会議」と「北京行動綱領」
アジア発、最大規模の国連会議/NGOフォーラム――出会いとネットワークづくりの場/女性の権利は人権である/政府間会議――北京JACの発足/「ポスト北京」新たな歴史が始まる/

• 第5章 カイロ人口開発会議と女性の基本的人権
優生保護から母体保護法へ/日本のSRHRをめぐる問題/SRHRへの攻撃のなかで新たな希望の兆し/94カイロ国際人口開発会議と「女性と健康ネットワーク」/【論考3】開発・環境・女性と人口/加藤シヅエさんのこと/【論考4】大正デモクラシーを生きた女 加藤シヅエ/

• 第6章 新自由主義とナショナリズムとバックラッシュ
【論考5】ジェンダー平等政策とバックラッシュの背景/【論考6】千葉県での条例制定をめぐる「攻防」から見えてきたもの/【論考7】新自由主義とジェンダー平等は両立しない――新自由主義に終止符を!

• 第7章 女性が政治参画するということ
「権利の上に眠るな」/女性議員はどれくらい増えた?/選挙制度の改革・女性たちの動き/女性を政治参画に促す要因/挑戦することで学んだこと、手にしたもの/参院選と9月11日事件、1週間後のノート

• 終章 「核」の脅威のなかで「平和」と「平等」を考える
「キルトの世界」をイメージして/終わらない戦争人類存亡の危機――フェミニズムは問われている/
• あとがき
• 戦後関連年表
• 参考文献  
• 著者執筆リスト

◆書誌データ
書名 :『性差別大国・日本 私のフェミニズムの旅から』
著者 :船橋邦子
頁数 :304頁
刊行日:2025/11/4
出版社:三一書房
定価 :2750円(税込)

性差別大国・日本: 私のフェミニズムの旅から

著者:船橋 邦子

三一書房( 2025/11/04 )