4月中旬、桜には間に合いませんでしたが、福島市郊外のNPO法人「花見山を守る会」を訪ねてきました。2011年の震災以前から、守り手のいなくなった里山を整備して数々の花を植えて見事な花の山を作り上げているNPOで、震災後は被災地から福島市内に避難してきた人々への支援を幅広く根強く続けてきている団体です。わたしの属している「にほんごの会企業組合」も震災後からコロナのころまで、日用品や衣類などを送って細々と支援のお手伝いをしていました。一時期、布地を送って手芸品を作っていただき、それをこちらで買うというささやかなお手伝いもしていましたが、我々の方も高齢化して買う人も少なくなり、いつの間にか中断していました。その後みなさんどうされているかを知りたくての、久々の福島行きでした。手芸のグループの皆さんも、たまたま週1回の集まりでNPO法人の集会所に来ておられて、お会いできたのはラッキーでした。
E(わたし):まだ手芸の会が続いていたんですか。もう解散されたかと思ってました。
Nさん:いや、もうここでみんなに会えるのが楽しみで、南相馬に戻ったんだけど、1時間半かかって通ってきてるの。5年ほどこっちで避難生活をした後で戻った。でもみんなに会えるのが楽しみで通ってくるの。
Kさん:手芸は楽しみで作っているだけ、手芸で作ったものも、花見に来る客のための店で売ってもらっているけど、たいしたことはない。家にはいっぱい作ったものがたまっている。今日くると知らせてくれていたらいっぱい持ってきたのに。
E: 手作りの品を欲しい人はいるはずだから、ほしい人と作る人とのパイプがあるといいですねー。
Kさん:でも、プレッシャーになるのは嫌だから、ほしい人がきたらあげるだけでいい。
E: でもやはりせっかく作ったものだし、少しでもお金が入った方がいいから、起業すればいいのに。コロナの時はマスクを作ってくださって本当に助かりました。私たちもせっせと売りましたねぇ、あの時は。
Sさん:あの時は白い布もなくなって、新しいシーツを買って来てよく洗って、小さく切って作った。ゴムひもがなくてこまったけどねー。
そのうち、避難生活のことに話は移りました。
Sさん:7か所の避難所を経て、やっと福島市内に落ちついた。初めは1日2日ですぐ帰ると思って出たのが、こんなに長くなるとは思わなかった。
Dさん:娘が出産した直後でミルクが買えなくて困った。1日おにぎり1個の時もあった。
Nさん:地震の前はばりばり働いていたのに、仕事もなくなりすることもなくなり、1日ジーっとしているのが辛かった。精神的に参りそうだった。向こう、小高町にいた時は会社に勤めて働き、家の仕事やら畑仕事やら、毎日毎日休むことなんてなかったのに。だからこっちに避難してきて、おかしくなりそうだった。たまたまSさんのお母さんと私の母が出会った。わたしとSさんは高校の同級生だったけど、互いに誰がどこにいるやら全くわからなくなっていた。ほんとに情報がなかった。偶然互いに近くにいるらしいとわかって会うようになり、何かしたいねと言っているところへDさんが加わって何か作ろうと、一緒なら何かできるだろうと。
そのうちここ「花見山」で全国からの支援品を集めている、そこへ行けば必要なもの貰えると聞いてここを知ったの。日用品など貰いに来るようになって。お茶っこ会でもすればいいと場所を開いていた。それでここを使っていいと言ってくれて、ここが手芸の会場になった。
Kさん:ここがあってほんとによかった。ほんとに360度以上の変化が起こったんだから。このおしゃべりできるメンバーができて、ほんとによかった。地震の前住んでた町では家に鍵かけることもなくて、みんなだれとでもしゃべってきたのに、福島に来たら隣の人とあいさつもしない。だれも知り合いもいない、1日誰とも話さない時がある。だからここへ来るとおしゃべりができていい。でも、こういう会を持っていない人の方がずっと多いから、自分たちは幸せ。
着物地で作った手提げ袋や、小物入れや、眼鏡ケースなど、手作りの手芸品、それぞれ、温かみがあってかわいらしいものばかりです。見たらほしいと思う人はいっぱいいると思われるのに、その作り手とほしい人とのルートがみつからないもどかしさを抱えて辞しました。

手芸品1:コースター

手芸品2: 眼鏡ケース
もうお一方Tさん、以前にお会いしてそのままご無沙汰していたのですが、ご在宅と聞きお宅に伺いました。迷惑ではないかと恐る恐る訪ねたのに、「しばらく来なかったねー、去年も来るかと思って待ってたんだよー」と、逆に歓迎されて恐縮してしまいました。ちょうど貰い物のタケノコを煮ておいたのがあると、小鉢にタケノコの煮物まで出してくださって、ますます身の縮む思いでした。
そのうち、アルバムを持って来て、「震災前に住んでいた富岡町の家のこと、避難した時のことなど、話してくださいます。
Tさん:富岡の家も売りたいけど、だれも買ってくれない、上のほうでは空き家をみんな買うとか言ってるけど、実際は嘘ですよ。草が生えるのでお父さんと草刈りに行かなくては。今度の土日は泊りがけで行こうかと思っている。3時間もかけていくんだからすぐ帰るのは疲れるし。家は電気や水はすぐ使えるけど、蒲団も何もみんな整理しちゃった、家具はもう何もない。ホテルに泊まるしかない。そいでも草刈っておかないとすぐにぼうぼうになってしまうから。
先週も行って来た、ちょうど天皇が来ている時だった、もちろん会うことなんかないけど、でももっとひどいとこへ行ってみてほしいねー、まだまだひどいとこあるんだから。入れないとこもあるし。そういうとこ見てほしいねー。
と、ついつい愚痴が出てきていました。
福島に家も建てて、すっかり落ち着いて暮らしておられるように表面は見えますが、少しお話を聞くだけでも、まだまだなことが次々に出てきます。福島の復興は道半ばです。東京で使う電気を生むために造られた原発が、地震と津波で電源を失って凄惨な爆発事故を起こしました。その結果、故郷を追われ、不自由な避難生活を強いられ、さんざんひどい目に遭ってきたのが福島の皆さんです。ことばに言い尽くせないほどの困難や苦労に耐えてこられた皆さんへの申し訳なさを忘れてはいけないと改めて肝に銘じた一日でした。
なお、お預かりしてきた手芸品は、近くの保育園でほしい人がいるかもしれないと、サンプルとして置いてきましたので、ここではコースターと眼鏡入れの2点しかお見せできませんが、注文があればいろいろな小物を作ってくださいます。こんなのを作ってほしいとご希望があれば゙取り次ぎますので、是非リクエスストしてください。手提げ袋、ポシェットなど、とてもリーズナブルな値段で作ってくださいます。









