先の大戦の傷跡が、80年経った今も社会に、人びとの暮らしのなかに、こういう形で残っているなんて…。
知らなかった。気づかなかった。知ろうとすることさえしなかった。
島田陽磨監督のドキュメンタリー映画『父と家族と私のこと』を観終わって、まずそのことを恥ずかしく思った。
高市政権になって、急激に危機感に駆られ「日本軍の加害責任を忘れてはならない」という言葉など、ただ上っ面をなぞっただけの言い草だった。80年前の戦争は、実はまだ終わっていなかった。心底、そう思い知らされる映画だった。
幼い日に父から受けた暴力が、性的虐待が、祖父母から父母へ、そして孫へと受け継がれて、「生きづらさ」や「心の病い」として、私たちの家に、社会に、広く深く根を張ってきたのである。

父が、夫が、兄が、祖父が兵士として出征した先で、上官の命令に従って人を殺めたことを、誰も「殺人」とは言わなかった。無論自分でもそんな恐ろしいことをしたという自覚がなかった。一人を殺すと犯罪者となるが、「戦争」ではそれが「国家への忠誠」として賛美される。
それでも彼は、戦地での任務を終えて故郷に戻ると、軍隊での暴力体験が酷いトラウマとなって、あるいは生きて帰ったために周囲から「手のひら返し」の仕打ちを受けて、出征前とまったく別人になっていったのである。

2018年にできた「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」代表の黒井秋夫は「あの大戦に参加した日本兵約800万人のうち、160万人〜400万人もの人びとがPTSDに罹患していたと推測される」と言う。
また、精神科医の蟻塚亮二は「日本政府がPTSD兵士を家庭に丸投げしてきたので、80年間、家族が国策トラウマのケアをさせられてきた」と書く。
家族に暴力を振るったり、アルコールに溺れたり、娘に性的虐待を加えたりする帰還兵たちは、あまりに無口で、彼の苦しみを理解する者はいなかった。
帰還兵のPTSDがアメリカのように社会問題化されることもなく、彼らの苦しみは、恨みは、日本ではただ「家族」に押しつけられてきただけだった。
この映画を観ればそのことが、手に取るようによくわかる。「昭和の男」と呼ばれる父や祖父たちが、どうしてあれほどまでに横暴だったかが。

でも考えてみれば、あの横暴さは父たち世代の個性などではなかったのかもしれない。お国のためにと戦わされ、殺人まで犯した罪を口が裂けても打ち明けられず、国家からも見捨てられてただ家族に当たるしかなかった人生…。そんな父の暴力によって狂わされた、息子や、娘や、孫たちの人生…。更に主人公の一人藤岡美千代さんの父親は、PTSDの末の自死にまで至っている。
戦争ほど残酷で不公平なものはない。戦争を指示した者たちは髪の毛一本乱すことなく、「平民」だけが戦地で命を落とすか、人生を丸ごと狂わせられてしまうのだから。

こんな書き方をしていると『父と家族と私のこと』は重く、暗く、悲惨な映画だと思われてしまうかもしれない。
だからもっとこの映画の素晴らしさの話をしよう。
息子や娘の世代、そして孫の世代と、今を生きる3人の登場人物が長い間抱えてきたトラウマや、押し潰されそうな被害者意識をまさに「ほどいていく」その過程を丹念に描いているところがこの作品の稀有な魅力である。監督がカメラを回しながら主人公たちの苦しみに寄り添い続けるうち、抱えてきたトラウマがゆっくりとほどけていき、気がつくとそれぞれが新たな自分の人生を生きようとしている。
監督の控えめな問いに懸命に答えていくうち、どんどん本来の自分を見出していく3人の主人公…。映画に出演するという行為が「セラピー」の役割を果たしたのか、冒頭の表情と終わり頃の表情が別人のように生き生きと変化していく。その変化が観る者に「希望」を与えてくれるのである。

「日本列島を強く豊かに」などと言っているこの国リーダーたちこそ観るべき映画だが、彼女たちがこういう映画を観て我が身を振り返ることは金輪際ないだろう。でも、先日来国会前に集まってペンライトを振りながら「反戦」を訴える若い人たちには、なんとしても観てもらいたい。戦争の犠牲者はそれが再び始まってから生まれるのではない。80年後の日常のなかに、あなたの隣りで、もがきながらも懸命に生きているのだから。