
本書は,リチャード・V・リーブス著 Of Boys and Men: Why the Modern Male Is Struggling, Why It Matters, and What to Do about It(2022)の全訳である。女性の社会進出に代表されるここ数十年の急激な社会変化は,女性の生き方だけでなく,男性や男の子の生き方にも大きな影響を及ぼしてきた。本書は,そうした変化を教育,仕事,家庭という三つの領域から実証的に分析している。ジェンダー平等を実現するためには、男性が直面している困難や漠然とした不安への社会的支援も不可欠であると問題提起した一冊である。
本書は全5部12章で構成される。第1部「男性の漠然とした不安」では,教育で遅れをとる男の子,労働市場で不利な立場に置かれる男性,家庭内で父親・夫役割の再編を迫られる男性を取り上げ,現代の男性が抱える困難の全体像を描き出す。第2部「二重に不利な男性たち」では,黒人男性や貧困層の男性など、学歴・階級・人種など複数の不利な条件が重なる男性たちの現実を分析する。第3部「生物学と文化」では,近年の研究成果を踏まえ,生物学と社会文化の相互作用という視点から男性を理解する方法を提示する。第4部「政治的膠着」では,進歩派と保守派の双方が男性の問題を十分に捉えきれていない現状を論じ,第5部「何をすべきか」では,具体的な政策提言を提示する。
とりわけ第5部の提案は刺激的である。まず男児の脳の発達速度を踏まえて小学校入学を一年遅らせる「赤シャツ制度(Redshirting)」の導入、次いでSTEM(科学、技術、工学、数学)分野だけでなくHEAL(健康、教育、管理運営、言語関係)分野への男性の進出を促すことの提言,さらに母親を介さず父親と子どもが直接関係を築く「ダイレクト・ダッド(direct dad)」という父親像の提唱など、生物学的知見と社会政策を組み合わせた独創的な処方箋が提示されている。
本書の最大の特徴は,男性や男の子が抱える困難を,フェミニズムへの反動ではなく、ジェンダー平等をさらに前進させるための課題として位置づけた点にある。女性の権利拡大や社会進出を支持する立場を明確にしながら,同時に男性が直面する教育格差,就業上の困難,父親役割の変化と家庭生活からの疎外にも目を向ける必要があると説く。
日本でも、教育,仕事,家庭のそれぞれの場面に目を向ければ,社会的支援を必要としている男性・男の子はたしかに存在している。男性に救いの手を差し伸べる提案は、女性が現実に抱える課題を軽視することにはならない。むしろ,誰もが生きやすい社会を実現するために,ジェンダー平等をより深く考えるための営みであろう。本書は,日本における男性支援について考えるさいの貴重な参照点となるだろう。
■目次
序章 悩む父から悩む研究者へ
第1部 男性の漠然とした不安
第1章 女の子の支配――教育で遅れをとる男の子
第2章 働く男性の憂鬱――労働市場で不利な立場に陥る男たち
第3章 居場所を追われた父親 家庭内の伝統的役割を失いつつある父親
第2部 二重に不利な男性たち
第4章 ドゥワイトの眼鏡――黒人の男の子や男性が直面する深刻な問題
第5章 階級による天井――貧困状態にいる男の子や男性は苦しんでいる
第6章 政策が「効かない」対象者――男の子や男性に届かない支援
第3部 生物学と文化
第7章 男性を作り上げる――遺伝と環境、どちらも重要
第4部 政治的膠着
第8章 進歩派が見えていないこと――政治的左派は現実を直視しない
第9章 激怒する保守派――政治的右派は時計の針を戻したい
第5部 何をすべきか
第10章 男の子に「赤シャツ」を着せる――男の子は学校で追加の1年が必要だ
第11章 男性は人を癒せる(Men Can HEAL)――未来の仕事に男性を就かせるために
第12章 新しい父親像――独立した社会制度としての父性
エピローグ
謝辞
注一覧
訳者解説
◆書誌データ
書名 :『なぜ男は救われないのか』
著者 :リチャード・V・リーヴス(齋藤圭介訳)
頁数 :384頁
刊行日:2026/2/19
出版社:太田出版
定価 :3080円(税込)









