ちょっと古くなってしまいましたが、9月の新聞で2回続いて「嫁」ということばに出会いました。ああ、まだかという思いでため息をつきながら、切り抜いておいた記事です。

 ひとつは、ちょっと大きい活字の見出しで、
「富山・南砺にお嫁に来て」(『毎日新聞』2019年9月11日「東京」版)
というもの。もうひとつは、
「近所に住む息子のお嫁さんから、…ふたりの孫の夜ご飯づくりをお願いされた。」(『朝日新聞』2019年9月14日「ひととき」欄)
というものです。

 富山の見出しには、以下の記事が続いています。

「富山県南砺(なんと)市にお嫁に来ませんか」―。同市は来月12、13の両日に地元の独身男性たちと地元の名所を回る「お見合い大作戦2019」に参加する独身女性を募っている。

と書かれていて、新聞は市が募集している文言そのままの「お嫁」ということばを使ったことがわかります。

 これを読んで、疑問がわいてきました。仮に、だれかいい結婚相手はいないかと探している女性がいて、富山の人でいい人がいたら応募してみようと思ったとします。でもその女性は、「お嫁に行こう」と思うでしょうか。花嫁衣装にあこがれて「お嫁に行きたい」と少女のころは思ったかもしれない女性たちでも、「嫁」の持つ意味がわかってくるにつれて、「結婚するのはいいけれど、お嫁に行くのはいや」と思うようになる人が多いのではないでしょうか。

 今は決して女性が「お嫁に来たり、行ったり」する時代ではありません。「お嫁に行」ったのは、戦前の家父長制の法律の下で、女性が一方的に夫の家に入った時代でした。現在の日本国憲法24条は、

婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。

と明記しています。夫婦には同等の権利があります。一方が他方に吸い取られるような「お嫁に行く」形はあり得ないのです。念のために漢和辞典も調べてみます。

【嫁】①とつぐ。よめにゆく。(例省略)②ゆく。出かける。(例省略)③うる。(例省略)…④なすりつける。おしつける。(例省略)[国]よめ①むすこの妻。②結婚したての女性。新婦。([国]は凡例に、「わが国だけに行われる意味」と記されています)
  [解字]形声 女+家声。家は、いえの意。女が生家から夫の家にゆく、とつぐの意を表す。([解字]は凡例に、「六書と文字の構成ならびに原義を記した」とされています)
(『広漢和辞典上巻』大修館書店1981)

 「嫁」の中国でのもとの意味は①とつぐ~④なすりつけるまでの意味、日本にこの漢字が伝わって「よめ」と読み、「むすこの妻」の意味が加わった。この漢字の成り立ちは「女+家」、家の音でよむ、「家」は「いえ」、その意味は「女が生家から夫の家にゆく、とつぐ」、ということです。つまり、「嫁」の本来の意味は「女が生家から夫の家にゆく」ことなのです。

 今の結婚は2人が新しい戸籍を作ることから始まります。夫の家はもう関係がないのです。だから「お嫁に来て」も「お嫁に行く」も、あり得ない話なのです。本当に南砺市が、地元の独身男性の結婚相手を求めているなら、「南砺市の素敵な男性と一緒に新しい生活にチャレンジする女性大募集」とでもしたらどうでしょうか。

 そしてもうひとつの「息子のお嫁さん」です。彼女は息子さんと結婚していますが、あなたの家に来た女性ではありません。「結婚したての女性」でもないのですから、「お嫁さん」はやめませんか。「息子の妻」という簡潔明瞭な言い方があるのですから。