転載:東京新聞 2026年10月19日
*東京新聞の許可を得て転載します。
1982年に日本で初の女性専門書店を開いた中西豊子さん(93)による自身の歩みをつづった著書が6月に復刊を果たした。「新版 女の本屋の物語」(晶文社)。「同志」として歩んだ社会学者の上野千鶴子さん(78)は「バトンを次の世代に手渡せるのが何よりうれしい」と意義を語る。(坂田奈央)

◆「女の本屋のことが頭から離れなくなった」
昭和初期に建った京都の町屋で、中西さんの「ウィメンズブックストア松香堂」は生まれた。本によれば、しゅうとの残した空き家で小さな書店を営むうち、海外に女性の本の専門店があると知って「女の本屋のことが頭から離れなくなった」のが契機だった。
当時は女性学に関する文献目録もなくリストアップから始めた。出版社140社に手紙を出したが、返事は30社足らず。女性向けとして送られてきた案内も料理や編み物、洋裁など。中西さんは「わかってへんなあとガッカリした」と記す。
それでも粘り強く理解者を増やして本を買い取り、開店にこぎ着ける。棚には「女性論」「からだ・性」「こころ」「女性と仕事」「女性史」などの見出しが並んだ。すべての棚の半分も埋まらなかったが「感無量だった」と振り返る。2階の和室は女性たちの「たまり場」となり、著者らを招いた勉強会など多くの交流や企画が生まれた。

◆「関西女性のリアリズムと骨身を惜しまない精神を備えていた」
たまり場に毎週のように通った一人が、当時近くの大学に勤めていた上野さんだ。当時の中西さんを「関西女性のリアリズムと骨身を惜しまない精神を備えていた」と振り返る。「私自身、研究者の世界にはネットワークがあったものの、関西のアクティビストたちとつなげてくれたのは中西さんだった」
上野さんは時に海外の研究者もたまり場に案内した。
「日本の企業や役所を訪問した外国のゲストが『日本の女はどこにいるのか』と疑問をぶつけた。草の根で生き生きと活動する彼女たちの姿を見せると大変驚き、感銘を受けていた」
と語る。米国の女性芸術家、ジュディ・シカゴ氏など「来日した大物」から京都に行きたいと言われれば、電話一本で中西さんを頼った。互いに無理難題を引き受け合う仲だった。
旧版解説で「このひとがいなかったら、今のわたしはなかった」と書いた上野さん。中西さんらが店の役割を継ぐポータルサイトとして2009年に創設した「WAN(ウィメンズアクションネットワーク)」の3代目理事長も務めた。

◆「理論書ではない草の根の生の記録は貴重」
復刊の動きは後進の世代から生まれた。京都で2023年に「シスターフッド書店Kanin(カニン)」を開いた井元綾さん(51)と京極祥江さん(51)だ。2022年に図書館で旧版に出合い「これが私たちがやりたいこと」と背中を押された。店に旧版を置くと約1年半で50冊以上売れた。だが昨年3月に在庫がなくなり、絶版と知る。復刊の希望を知人に伝え、上野さんにバトンが託された。
上野さんは幻冬舎の編集者、竹村優子さん(52)に相談。竹村さんがフェミニズムに造詣の深い晶文社の吉川浩満さん(54)に相談。版元や高齢者施設で暮らす中西さんと家族の了承を得た。最後まで伴走した竹村さんは「純粋に本当に面白かった。本屋にはこうした力があったと伝える本」と語る。吉川さんも「理論書ではない草の根の生の記録は貴重。若い世代のフェミニズムのうねりを勇気づける」と話す。
バトンをつないだ上野さんはこう期待する。「日本のフェミニズムが、目立つオピニオンリーダーだけでなく、中西さんのような草の根のネットワーカーたちによって支えられてきた事実が伝わってほしい」









