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映画評:『ヴィーナス』 上野千鶴子
2009.07.20 Mon
すけべじじいvs.自己チュー 役者の力で(?) 極上の室内劇を見た気分。
『アラビアのロレンス』のあの美男俳優、ピーター・オトゥールさまが老残の姿をさらすんですって?それも孫みたいな年齢の小娘に翻弄されて? そりゃ、見ないわけにいきません。 オトゥールの実年齢は出演当時73才。かつてはちょっとした役者だったが、今は「死体」の役ぐらいしかお声のかからない売れない老俳優を演じてる。役者仲間の老人たちとの、シニカルでウィットの効いた会話が上質。お互いの友情やライバル意識をのぞかせながら、男同士でダンスを踊るシーンなど、泣かせる。
この老人コミュニティに、教養も行儀作法もない、若い姪っ子がとびこんでくる。どうやら田舎で男に捨てられ、親から追い出されてきた気配。もとシェークスピア俳優の正統イングリッシュと、はすっぱな小娘のコックニー(下層階級の訛りのある英語)の対比が、きわだつ。このいなか娘に教養を与えようとおじさんたちははりきるが……と言えば、今様ピグマリオン、『マイ・フェア・レディ』のイライザの現代版か、と思うが、話はそんな具合には展開しない。
オトゥールじいさまは、友だちの鼻つまみの姪っ子の若さと肉体に目と心を奪われ、彼女の歓心を買おうとあれこれ腐心する。美術館に連れていき、ベラスケスの「鏡のヴィーナス」を見せて、いなか娘を「わたしのヴィーナス」とまで呼びはじめる。「キミのカラダに関心がある」とあからさまに言い、「さわらせてくれ」「首筋にキスさせてくれ」と嘆願する。これではただのセクハラおやじの援助交際だ。
ジェシーという今どきの女の子の描き方が秀逸だ。彼女はすけべじじいにつけこみながら、いっぽうで突き倒し、ひっぱたく。自分の欲望を最優先する、自己チューで、だが自分を卑下しない娘だ。
オトゥールじいさまは、若い頃はもてた。それで結婚を破綻させた愚かな男の末路、として描かれている。時折訪れる老いた元の妻とのやりとりが胸に沁みる(ヴァネッサ・レッドグレーヴが好演)。性懲りもなく、あなたってひとは、人生の最後の最後まで、「ヴィーナス」に狂って破滅するのね……というストーリーは、「ある、ある」のパターンだが、男の愚かさを戯画的に描いて、こういう人生も悪くないかも、と思わせてしまうところが、役者の力か、はたまたシナリオの功績だろうか。極上の室内劇を見た気分。
監督:ロジャー・ミッシェル
制作年:2006年
制作国:イギリス
出演:ピーター・オトゥール、レスリー・フィリップス、ジョディ・ウィッテカー、リチャード・グリフィス、ヴァネッサ・レッドグレーヴ
配給:ヘキサゴンピクチャーズ、シナジー
(初出 クロワッサンPremium 2007年12月号)
DVDについては、以下をご覧ください。
http://wan.or.jp/modules/b_wan/article.php?lid=4237