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映画評:『シークレット・サンシャイン』 上野千鶴子
2009.09.14 Mon
癒されない悲哀を抱えて、それでもひとは 生きつづけている。
密陽(ミリャン)。秘密の陽光と書く。この名前を持った釜山に近い地方都市に、ソウルからピアノ教師というふれこみのシングルマザー、シネが引っ越してくる。その彼女を見守る不器用で一途な男、ジョンチャン。韓国版寅さんとマドンナの物語かと、途中までは思った。
が、物語は思いがけない展開を見せる。不倫をしていたらしい夫に死に別れ、移ってきた土地で最愛の息子を誘拐殺人で失い……不幸はこれでもか、と女を襲う。
キリスト教に救われようとした女は、息子を殺害した獄中の犯人に赦しを与えようと面会に訪れる。だが、犯人はすでに神から赦しを得て心の平安を得ていた……。
許せない。わたしより前に神が犯人を許すなんて。
女は絶望し、神を試そうとする。
自分の器にかかえきれないほどの悲嘆と絶望にうちのめされて、のたうちまわる女。すこしずつ、たががはずれるように崩れていく女。その女を演じてチョン・ドヨンは出色だ。5ヶ月の撮影期間、苦痛と憤怒の感情のなかで過ごし、撮影が終わった後も、その経験から脱けだせないというほど入れこんだ。カンヌが’07年の主演女優賞を与えたのも納得できる。ワキを固める役者もうまい。
後半、脚本は緻密な展開で、画面から目が離せなくなる。死と殺人、罰と赦しをめぐる破戒すれすれの形而上学的な問いもあって、固唾をのむ思い。
韓国のキリスト教徒は人口の30%。賛美歌は黒人霊歌みたいににぎやかでノリがよい。韓国にこんなにクリスチャンが多いのは、日帝植民地支配時代の民族的抵抗のひとつだったからという。そう思えば、教会のあの熱気も安閑とは見ていられなくなる。原作の『虫の物語』に、加害者側が被害者に和解を申し出たことに違和感を抱く政治的な寓意があると知れば、日本の観客にはますます居心地が悪かろう。
救いはあるか?ソン・ガンホが演じる韓国の「寅さん」が、じっと彼女を見守りつづける。だが、それが救いになるだろうか?
監督のイ・チャンドンは、安易な答えを与えない。自殺しようとしてそれすら未遂に終わった女は、この先も生きつづけるだろう。癒やされることのない悲哀をかかえて。
生きることはつらい。だが、それでもひとは生きつづける。神ではなく、片隅の密かな陽光に照らされて。
監督:イ・チャンドン
制作年:2007年
制作国:韓国
出演:チョン・ドヨン、ソン・ガンホ、チョ・ヨンジン、キム・ヨンジェ、ソン・ジョンヨプ、ソン・ミリム、キム・ミヒャン
(クロワッサンPremium 2008年7月号 初出)
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