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映画評:『フロスト×ニクソン』 上野千鶴子
2009.09.28 Mon
TVを使い、TVに使われる。アメリカ政治の宿命がリアルに分かる力作。
ニクソンって、こんな男だったっけ?フランク・ランジェラ演じるニクソンを見終わったあと、脳裏にくっきり刻まれるのはランジェラの表情だ。そっくりさんというわけではないのに、もう少し憎々しげな印象のあるほんもののニクソンの顔は、ランジェラの顔に上書きされて、思い浮かばなくなる。そのくらい圧倒的なリアリティがあるのは、脚本の緻密さのせいだ。
1977年、わずか30年前の実話を素材に、舞台劇に仕立てたドラマを映画にした。ウォーターゲート事件で辞任したニクソン元大統領に、イギリス人のバラエティショー司会者、デビッド・フロストがTVインタビューを申し込む。ニクソンは、与しやすい相手とあなどって、高額のインタビュー料とひきかえに受諾する。あわよくば政界復帰のチャンスとなるかもしれない。アメリカの政治家は、TV政治に自覚的だ。
インタビューは異種格闘技だ。しかも1回戦だけで、あとがない。相手は百戦錬磨。嘘も演技も織りこみずみ。そのうえTVインタビューは、記録が映像で残るごまかしのきかない1発勝負のライブ版。フロストは、女も富も名声も追い求める野心家。ただの正義漢ではない。演じるマイケル・シーンは、そのフロストの軽さ、野望、焦燥、けれん…をよく出している。
登場するコメンテーターのひとりが「フロストは誰よりもTVを知っていた」という。追い詰められた元合衆国最高権力者が、違法行為を犯したことを自ら認める発言をする。その展開にとまどうニクソンの表情の変化をTVカメラはアップでとらえる。コトバよりも映像が、なによりも雄弁な証言だ。格闘技はフロストの完膚無き勝利に終わる。このアップを見せるために、監督も脚本も役者も、あらゆるエネルギーを使ったと思わせる。舞台劇では出せない、映像の勝利である。
アメリカではインタビューが巨大なショービズになる。そしてTVという媒体の、過酷さを思い知らされる。知ってる人は知ってるが、印刷媒体のインタビューには、あとから手が入っている。粉飾も芸のうち。だがTVには撮り直しがきかない。やっぱり、TVには出ないでおこうっと。
テレポリティックスという研究分野があるくらいだ。これに耐えられない大根役者は、政治の世界から退場した方がよい。その点、オバマ新大統領は鍛えられているねえ……。
監督:ロン・ハワード
制作年:2008年
制作国:アメリカ
出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケビン・ベーコン、サム・ロックウェル、オリバー・プラット
(クロワッサンPremium 2009年4月号 初出)