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映画評:『ノン子36歳(家事手伝い)』 上野千鶴子
2009.10.26 Mon
旬(いまどき)の女のリアルが浮かびあがる、キュートな作品。
いまどきカジテツこと家事手伝いなんて言っても、通じないだろう。家事手伝いとは一昔前は家で花嫁修業をしている結婚前の娘、いまはたんに親にパラサイトしている無職の娘をさす。
ノン子は、36歳。バツイチ出戻り、もとタレントだったらしいが、ぱっとしないまま、マネージャーだった夫とも別れて実家へ戻ってきた。神職を家業とする父親を、巫女さんになったりしてときどき手伝うだけのやっかいものだ。昔と違うのは「兄嫁」とかがいないから、いつまでも「子ども部屋」にいられることだ。 プライバシーなどかけらもなさそうな田舎町では、出戻り30代シングル女に、居場所はない。現に結婚した子持ちの妹からは、「お姉ちゃん、終わってる」と、軽蔑の目で見られている。
30代半ばのシングル女は、ほんとにハンパだ。もう若くはないが、終わってもいない。あせりはあるが、行き場はない。エロスはくすぶるが、はけぐちもない。
そこに未練がましく別れた夫が出直そうとやってくる。欲も見栄も捨てきれないノン子の気持ちは揺れる。男は女をおだてて口説くのがうまいだけのお調子者だ。結婚がうまくいかなかった理由も、うまい話に乗ったらあとが危ないこともすぐに予想がつく。
もうひとり夢見る年下のおたく男が彼女をじっと見つめつづける。思い詰めたら何でもかなうと信じる幼い男だ。ノン子さんとなら、どこへでも行ける、とのたまうが、何の現実味もない。
ある日突然、男がわたしの手をとって、どこかへ、どこでもない場所へ、ここから逃げて連れて行ってくれる……すべての女がひそかに心に抱いている夢が一瞬かなえられそうな展開になる。だが、そんな出来事は映画のなかでしか起こらない。
36歳の女の日常に、事件は起こりそうで……起こらない。閉塞感に満ちた田舎町での、先の見えない暮らしがまた始まるだけだ。
坂井真紀が行き場のないうっぷんをかかえた30女を好演している。熊切和嘉監督が「彼女なしにはこの作品は成立しなかった」というだけのことはある。鬱屈していても女には生彩がある。妥協しないでひとりでいられるだけの自恃があるからだ。これがシングル男だと、こうはいかない。旬(いまどき)の女のリアルが浮かびあがる、キュートな作品。
監督:熊切和嘉
制作年:2008年
制作国:日本
出演:坂井真紀、星野源、津田寛治、鶴見辰吾、佐藤仁美、新田恵利、宇都宮雅代、斉木しげる
配給:ゼアリズエンタープライズ
(クロワッサンPremium 2009年2月号 初出)
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