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映画評:『私の中のあなた』 上野千鶴子
2010.03.13 Sat
難病の子をめぐる、美談ではすまない家族の葛藤と再生をあざやかに。
デザイナーズ・ベイビー。オリンピック選手とかIQ160の天才の精子をもらった、というわけではない。白血病の姉の命を救うため、臓器のドナーとなる運命を背負って、両親から生まれた少女の物語だ。 聡明な母親と家族思いの父親、心優しい息子とふたりの愛らしい娘。幸せなはずのファミリーが、その家族のなかに難病の子どもがひとりいることで、がらりと変わる。娘の命を救うためなら手段を選ばない母親サラ。弁護士の仕事をなげうって献身する。キャメロン・ディアスが、子を思うばかりに他のことが一切、目に入らなくなる母親の懸命さと愚かさを熱演。兄のジェシーは、母親の関心をすべて難病の妹に持って行かれて疎外感を感じている。姉のためにこの世へ送り出された妹アナは、どんなにつらくてもノーということは許されない。わたしの友人にも、障害のある兄を一生世話する役割を期待されて産み落とされた子どもがいるが、障害児の親であることと障害児のきょうだいであることには、ずいぶん温度差があるようだ。
成長するにしたがって長女のケイトの病状はますます重くなる。抗ガン剤の副作用で髪を失い、思春期に入った娘は荒れる。そんなある日、腎臓を提供しないと姉が死ぬと告げられた妹は、それを拒絶して、親を訴える。11歳の娘が、ありったけの小遣いをかき集めて辣腕弁護士を雇い、母親と法廷で対決する。
こんなふうに状況を説明すると、まったく救いのない、重い映画だ。それなのに、なんと明るく生気にあふれた映像だろう。何より、10代半ばの3人の子どもたちを演じる俳優が溌剌としている。アナ役のアビゲイル・ブレスリンの名演が評判になっているが、ケイト役のソフィア・ヴァジリーヴァも、この役のために頭を丸刈りにして大熱演。オトナでもコドモでもない年齢の、不本意な運命を受け入れなければならない少女を、幼さとあきらめの入り混じった表情で好演している。
家族に難病や障害のある子どもがひとりいると、家族はしばしばきしむ。ほったらかしにされたきょうだいたちは親を恨む。本人すらなんでこんなカラダに産んだのだと親を責める。一歩まちがったら救いのない映画を、家族再生の物語にしているのは、映像と子役の躍動感だ。
どんなに難病があろうが、いまというこの時を充実して過ごすことができれば、産まれてきた甲斐がある、と思わされる。それにしてもアメリカの小児病棟の開放性はうらやましい。
監督:ニック・カサヴェテス
出演:キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、アレック・ボールドウィン、ジェイソン・パトリック、ソフィア・ヴァジリーヴァ
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
(クロワッサンPremium 2009年11月号 初出)
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