エッセイ

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<女たちの韓流・8>「華麗なる遺産」  山下英愛

2010.09.05 Sun

8-1(1)“恥ずかしいほど”の善と悪
「華麗なる遺産」(全28回、SBS週末ドラマ)は、2009年の韓国で最高視聴率(47%)を記録したドラマである。典型的な“キャンディー物語”で、登場人物の善と悪の行動が、観る者が恥ずかしくなるほどはっきりと描かれている。不倫と復讐の泥仕合をテーマとする「妻の誘惑」(SBS)が大ヒットした直後だっただけに、この勧善懲悪型のストーリーが、視聴者にはひときわ新鮮に感じられたのかもしれない。

主人公のコ・ウンソン(俳優:韓孝周ハン・ヒョジュ1987~)とソヌ・ファン(李昇基イ・スンギ1987~)は、ソウル行きの飛行機でカバンを取り違えたことがきっかけで悪縁を結ぶ。帰国後、ウンソンは父親を不慮の事故で亡くし、その保険金を一人占めしようとした義母によって、弟と共に家を追い出され無一文の孤児に転落してしまう。その後、障害をもつ弟まで行方不明になるが、ウンソンはくじけず、歯をくいしばって働きながら弟を探し続ける。

そんなある日、道に倒れていた貧しい身なりのおばあさんを助けて、面倒をみる。ウンソンの介護で記憶を取り戻したおばあさんは、実は大手食品会社の社長で、ソヌ・ファンの祖母であるチャン・スクチャ(潘暁靜パン・ヒョジョン1942~)だった。彼女は大きな決断を下すために、わざと自分が貧しかった頃の露天商人の姿をして、街で思案中に階段を転げ落ちたのだった。

チャン・スクチャは、一緒に会社を興した息子を事故で亡くした後、女手一つで事業を発展させ、家族全員の面倒を見てきた。しかし、自分の後継ぎになってくれると期待した孫のファンは、甘やかされて育ったせいで傍若無人に振る舞い、会社の経営にもまったく関心がない。他の家族も贅沢三昧で、お金の大切さを知らず、従業員と顧客と信用を大事にする自分の経営方針を理解しようとしない。

そこでスクチャは、思いやりがあって働き者のウンソンを見込んで、彼女に自分の全財産を継がせる決心をする。そして、ウンソンを自宅に住まわせ、直営店で働かせる。ファンは、遺産を全部ウンソンに譲るという祖母の宣言にショックを受け、徐々に心を入れ替えるようになる。そして、ウンソンと一緒に働く過程で成長し、祖母の信頼も得て、しまいには二人が結ばれる、という筋書きだ。

(2)“悪い男”に惹かれる女たち
それにしても、ウンソンとファンが結ばれる設定はどうしても受け入れ難い。ファンがウンソンに惹かれることは理解できるが、ウンソンが、自分に好意を寄せる、思慮深く精神的にも自立したジュンセではなく、少しは改心したとはいえ、相変わらず乱暴で自己中心的なファンを選んだのは納得し難い。SBSの演技大賞でウンソンとファンがベストカップルに選ばれたのを見ると、視聴者の多くがこうした組み合わせを望んだのかもしれないが。

確かに、このドラマに限らず、心優しくて賢い立派な女性が、よりによってダメ男や冷たい男、悪い男と結ばれるケースが多い。「千万回愛してます」(2009)のガンホ、「憎くてももう一度」(2009)のミンス、「がんばれ!クムスン」(2005)のク・ジェヒもその類だった。たいていの場合性格の悪い男が、女性の主人公に惹かれる過程で良い人間に生まれ変わってゆく。

悪い男が自分の存在によって生まれ変わり、その関心と愛情を自分が独占したい、といった女性視聴者の願望がそこに反映されているのだろう。だが一方で、こんな男性キャラクターはいい加減にして、もっと良いキャラクターを登場させよ、という視聴者たちの声もない訳ではない。こうしたキャラクターが繰り返し登場するのは「ドラマ制作者の安逸さ」を示すものであり、「多様なプログラムをみる視聴者の権利を侵害することにつながる」(クォン・ジヨン韓国民友会メディア運動本部)という手厳しい意見もある。

(3)母と娘
ところで、私がこのドラマをどうしても見たいと思ったのは、ウンソンの義母ペク・ソンヒの悪役ぶりに興味があったからだ。ソンヒを演じたキム・ミスク(金美淑1959~)は、30年の演技生活で初めての悪役だったそうだが、こちらの方が本当の姿ではないかと疑いたくなるほど板についた演技だった。

8-2ペク・ソンヒは、実の娘スンミの願い(ファンと結婚すること)を叶えることと、お金に困りたくないという利己的な気持ちから、夫の事故死の後、夫の子どもたちを捨て、ウンソンが受取人になっていた保険金まで騙し取る。夫のコ・ピョンジュン(ウンソンの実父)は、会社が倒産して悲嘆にくれていたところ、ガス爆発事故の死亡者名簿に自分の名前があることを知る。そして、自分にかけてあった保険金があれば妻子が困らないだろうとの思いから、そのまま姿を消したのだ。妻が自分の連れ子を捨てるなどとは夢にも思わずに。

ソンヒはスンミの結婚に不利にならないように、ファンの家族には夫の死すら秘密にする。そして、夫が生きていることを知ってからは、自分の悪事を隠すため、次から次へと嘘をつき、犯罪を重ねてゆく。日本のサスペンスドラマなら、ソンヒは夫を生かしてはおかなかっただろう。しかし、ここは韓国ドラマ。もし殺人が介入していたら、「国民ドラマ」という賞賛の声は聞かれなかったはずだ。

チャン・スクチャの前ですべての悪事が暴かれ、嘘で固めた物語が音をたてて崩れても、「スンミのため」という信念は揺るがない。八方塞がりの中で力尽き、マンションの屋上から飛び降りようとした瞬間、「私のために死なないで」と叫ぶスンミの懇願で思いとどまる。そして田舎で一からやり直すことにする。この母と娘の姿に、思わず目頭が熱くなった。

(4)中堅俳優たち
俳優としてのキム・ミスクは、ちょうど脂が乗った時期と言えるだろう。最近は二つの連続ドラマに出演中で、毎日、劇中で“恋愛”に忙しい。なお、今年4月には労使発展財団から「雇用平等広報大使」を委嘱され、「女性、高齢者、障害者、非正規職という理由だけで、採用過程や職場生活で差別される現実が残念だ」とスピーチしたことでも知られる。私生活では、学齢期に達した子どもたちの教育を考えて、二年前に生活の拠点をニュージーランドに移している。韓国の中・上流層の典型的な姿である。

essay_fixこのドラマのもう一人の立役者であるチャン・スクチャを演じたパン・ヒョジョンにも触れておこう。今年68歳を迎え、演技歴46年目になる。俳優にはめずらしいといわれる梨花女子大学(舞踊学科)の出身だ。理知的で温和な社長や母親役をするイメージが似合うが、実際には学究派らしい。約10年前の『女性東亜』(2001年3月)に掲載された対談記事によれば、読書好きで料理が下手だと語っている。息子が耳にピアスの穴をあけたことで、「子どもの教育は親の思う通りにはならない」とこぼしていたのが印象的だった。

パン・ヒョジョンは、長年の演技生活を評価されて、年末のSBS演技大賞で功労賞を受賞した。その受賞の挨拶では、「雪の降った野道をやたらと歩くな。今日私が残した足跡が、後に続く人の里程標になるのだから」という、独立運動家金九(キム・グ1876-1949)が愛誦した西山大師(ソサンテサ1520~1604)の禅詩の一節を紹介し、「俳優の人生が終わる日まで、きれいな雪道を無闇に歩かぬよう努力します」と締めくくった。ネット上では、この挨拶が感動的だったともっぱらの評判だった。

ところで、このドラマの原題は「燦爛たる遺産」だ。「燦爛たる」ということばは、日本語ではあまり使われないが、韓国では「燦爛たる歴史」などと言って、輝かしく誇らしい、という意味でよく使われる。チャン・スクチャは結局、会社の経営権を含めた全財産を、家族であるファンやウンソンに譲るのではなく、彼女の持ち株を全従業員に配分するという形で引き継いだ。この点は、韓国の名だたる財閥家が違法の限りを尽くして子孫に遺産を相続させようとする現実とは対照的だ。

また、このドラマは、血縁中心の人間関係が支配する韓国で、“赤の他人”であるスクチャとウンソンとの強い信頼関係を通して、血縁以上に重要なものがあることを示唆している。スクチャは、みすぼらしい身なりの自分を、何の代償も期待せずに面倒を見てくれたウンソンのことを「命の恩人」だと表現する(ウンソンの名前には、「恩」という意味が含まれている)。そして、それが共に暮らす家族においても大事な価値であることを、身をもって実践した。

今日のようにお金が支配する世の中で、決してお金には代えられないもの、人が人に「恩」を感じ、信頼し合うことの大切さこそ、チャン・スクチャが子孫に伝えようとした「遺産」なのだろう。

写真出典:http://kr.image.yahoo.com、http://ohmynews.com

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛