エッセイ

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<女たちの韓流・23>「私の男の女」:愛と性と結婚の連立方程式   山下英愛

2011.12.05 Mon

  2007年に放映された「私の男の女」(全24話、SBS)は、韓国で最も著名な脚本家、金秀賢(キム・スヒョン1943~)の代表的なメロドラマである。金秀賢は、「愛が何だか」(1991)、「風呂屋の男たち」(1995)、「拝啓、御両親様」(2004)、「愛と野望」(2006)、「母さんに角が生えた」(2008)などの週末ホームドラマを数多く手掛けてきたが、「青春の罠」(1979,1999)や「砂の城」(1988)など、“不倫”を題材にしたメロドラマを巧みに描く脚本家としても定評がある。

 そんな彼女の久々のメロドラマとあって、放映前から注目をあびた。放映されてからも、期待に違わず話題を巻き起こし、最高視聴率38.7%(TNSメディアコリア調べ)を記録した。主役を演じた金喜愛(キム・ヒエ1967~)は、同年のSBS演技大賞(「銭の戦争」の朴新陽と共同受賞)と、コリアドラマフェスティバル演技大賞を受賞した。相手役のホン・ジュンピョを演じたキム・サンジュン(1965~)も、男子演技賞と最優秀演技者賞をそれぞれ受賞している。

二分される女と矛盾だらけの男

 韓国ドラマによくある不倫ものは、大概、妻と愛人が善と悪とに二分して描かれる。同じ年に放映された「悪い女、善い女」(MBC)などは題名からしてそうである(だからと言って面白くないわけではないが)。それに比べてこのドラマは、ファヨンが親友ジスの夫(ジュンピョ)を横取りするという大胆なモチーフを描きながらも、“善悪”の物差しは使わない。「私の男の女」というタイトルが示すように、主人公の“私”とは、妻(ジス)でもあるし愛人(ファヨン)でもある。金秀賢のメロドラマが面白いのは、そのセリフを通して、家父長的社会の結婚制度がもつ矛盾と男女の愛の非対称性が浮かび上がることであろう。

  ドラマはのっけから、ファヨンとジュンピョのラブシーンから始まる。ジスの家のガーデンパーティーに招かれたファヨンが、しばらく前から情を通じていたジュンピョと台所でキスしているところを、ジスの姉ウンスに目撃されるのだ。ジスがショックを受けることを恐れたウンスは、ジスには伏せたまま、関係を清算するよう二人に迫る。もとからジスと家庭を捨てるつもりのなかったジュンピョは、ファヨンとの関係を断って元のさやに納まろうとするが、ファヨンはそう簡単にジュンピョを離さない。

愛と幸せの方程式

 高3の時に家族とともにアメリカに移民したファヨンは、大学を卒業して美容整形外科医になった。やがて在米韓国人の実業家と結婚したが、夫は事業に失敗し、うつ病を患って自殺してしまった。ファヨンは美貌の持ち主で、男たちを引き付ける妖しい魅力をもつ。そのため、夫の死も彼女の浮気によるものだと噂された。また、彼女の実家は昔からファヨンを金づるのように扱い、彼女の仕事も結婚も、打算的な母親に押しつけられたようなものだった。

 ファヨンは自分を縛るしがらみから逃れたい一心で、夫の死後、母親の反対をよそに仕事を辞め、一人韓国に舞い戻ったのだった。韓国では、面倒見のいい親友のジスが、いろいろと世話をしてくれた。ところが、そのジスの夫ジュンピョと目が合い、どちらからともなく親密な関係に足を踏み入れてしまったのである。ファヨンはジュンピョとの逢瀬を重ねながら、ジスに対する罪意識を感じないわけではなかった。だが、激しく自分を求めるジュンピョを見ていると、そこに確かな愛があるように感じられた。また、“平凡な日常生活の中の幸せ”を享受するジスが妬ましくもあった。

  一方、ジスは大学時代に知り合ったジュンピョと恋愛結婚して子どもを産み、専業主婦としてそれなりに幸せな日々を送っていた。大学の専任講師で、家にいる時はいつも書斎で勉強ばかりしている無口な夫と、一人息子の世話をすることが自分の役目だと思っている。当初は、中小企業を経営するジュンピョの親が、平凡な庶民出身のジスを嫌い、なかなか嫁として受け入れてくれなかったが、10年以上努力した甲斐あって、良好な関係を築いている。また、5年ほど前、姉の家族が暮らす郊外の高級住宅街に家を建てて引っ越し、ゆとりのある生活を楽しめるようになった。夫との関係は淡々としているが、息子の父親として、生活の同伴者として満足していた。

 ジスの夫、ジュンピョもまた、妻に対して不満があるわけではなかった。彼にとってジスは、気がききすぎるほど“完璧”な妻であり、息子にとっての良き母であった。また、気難しい両親が実の息子である自分以上に信頼を置く一人息子の嫁でもある。結婚前の、ジスに対する燃えるような愛の感情はとっくに冷めたが、いつしか自分の生活になくてはならない存在になっていた。マンネリ化した性生活による欲求不満を浮気で晴らそうと思ったこともない。たまに趣味のカメラを持って、一人で出かけさえすれば満足だった。ところがある日、ジスが「親友なの」と言って連れてきたファヨンを見た瞬間、体内に眠っていた何かが揺り起こされた。

愛の代価

 しかし、ジュンピョはファヨンとの関係をウンスに知られると、まるでゲームが終わったかのように、ジスの元に戻ろうとした。彼は、ファヨンに対して性的パートナーとしてだけではない人間的な魅力を感じてはいたが、生活の基盤である家庭を壊すつもりはなかった。だが、一方のファヨンには、帰るべき家庭もなく、ジュンピョとの燃えるような愛の中に、生きる意味を見出しかけていた。未練を見せるファヨンを、ウンスが暴力で懲らしめようとしたのがきっかけで、ファヨンは一層開き直り、自らジスにジュンピョとの関係を打ち明けてしまう。

  「あなたの夫と愛し合う仲なの」というファヨンの告白は、ジスにとって青天の霹靂だった。夫のみならず、親友からも裏切られたという衝撃と失望感。さらに、姉のウンスがその事実を自分に隠そうとしたことへの腹立たしさと、自分に対する情けなさ。周りに説得され、一度はジュンピョを赦そうとした。だが、再出発するために夫と出かけた和解旅行で、夫の携帯にファヨンから送られてきたメールを見て、まだ二人の関係が終わっていないことを知る。ジスはついに夫の荷物をすべてファヨンのマンションに送り付け、ジュンピョを家から追い出してしまう。

 発覚後、ファヨンの誘惑にかろうじて耐えていたジュンピョも、自分をかたくなに拒むジスに、「家庭を壊そうとしているのはお前の方だ」と言って、家を出る。それでも、ジスがいずれは自分を受け入れてくれる日が来るだろうと思いながら、アパートを借りる。一方でファヨンとの関係もあっけなく復活する。しかも、週に一度は息子に会うことを口実に家に戻り、ジスの様子をうかがう。だが、ジスの離婚の意思は固く、ジュンピョは次第にファヨンとの生活に浸ってゆくのだった。

 ファヨンは、家から追い出されたジュンピョを、完璧に自分の男にしようと躍起になる。そのために、家事をしたことのないファヨンが、料理を習い、掃除洗濯をし、ジュンピョの帰りを待った。まるでジスの真似をすれば、平穏な日常の幸せが手に入るかのように。ファヨンは、周囲から「友人の夫を奪った悪女」とレッテルを貼られ、罵られるが、愛する男を手に入れるため、と割り切って耐えようとする。片やジュンピョも、息子からは“母を捨てた悪い男”と憎まれた上、大学でも妻子を捨てた破廉恥な男と噂され、準教授への昇進の機会を逃す。また、親からも縁を切られて、一切の遺産相続を断たれてしまう。それでもファヨンとジュンピョは、悪びれることなく黙々と耐える。

“私の男”という幻想

 一年後、まるで嵐が過ぎ去った後の静かな海に浮かぶ船のように、ファヨンとジュンピョは穏やかな生活を送っていた。ファヨンがあれほど羨望していた小さな幸せが、ほぼ実現しかかっているように見えた。だが、ファヨンにとっては、自分の幸せを“完成”させるためのもう一つの条件が残っていた。そのことを当初からジュンピョにも話し、実現させようと努力してきた。ところが、ある日、まさにそのことでジュンピョが自分を騙してきたことを知る。

 もう一つの条件とは、“ジュンピョの子どもを産むこと”だった。最初の結婚で子どもが出来なかったファヨンは、ジュンピョとつき合い始めた直後から、産婦人科に通って体をチェックし、妊娠可能であるというお墨付きを得る。ところがジュンピョは、ファヨンから「子どもが欲しい」と切り出されて驚き、こっそり精管手術を受けてしまったのである。ジュンピョは、異母兄弟をつくって、自分の一人息子を失望させたくない、と思ったのだが、そのことをファヨンに言えず、騙すことになったのだ。ファヨンに問い詰められたジュンピョは、「お前を失いたくなかったからだ」と本音をこぼす。

  さらにファヨンは、数か月も前にジスから渡されていた離婚届を、ジュンピョがそのままにしていたことも知る。この二つの出来事でファヨンは打ちのめされる。そして悟るのである。ジュンピョの愛が決して自分のそれと同じではないということ、自分はすべてを捧げてオールインしたのに、彼は必要に迫られて一つずつ譲歩してきたに過ぎないということを。

 「あなたの愛は卑怯よ」。ジュンピョの愛に幻滅したファヨンはそう言い放ち、虚しさに襲われる。結婚制度の下で、夫を“私の男”だと信じていたジスも、ジスから奪ったジュンピョを“私の男”にできたと思っていたファヨンも、結局は裏切られるのである。しかし、それを悟った二人の女性はたくましくなる。ジスは自立の道を歩むし、ファヨンも愛の幻想にしがみつくことはないだろう。ファヨンとジュンピョがこの先どうなるのかについては、ドラマを見てのお楽しみ、ということにしておこう。

 このドラマに登場する俳優たちの演技もみな素晴らしい。ジスの姉ウンス役を演じたハ・ユミ(1965~)とウンスの夫を演じたキム・ビョンセ(1962~)、そしてジュンピョの父親を演じたチェ・ジョンフン(1940~)は名脇役たちである。ファヨンの欲深い母親を演じたキム・ヨンエ(1951~)の演技も一見の価値がある。また、金喜愛は、それまでの静かで真面目な良妻型のイメージを脱ぎ捨てて、ファヨン役を大胆に演じ切った。ジス役の裵宗玉(ペ・ジョンオク1964~)も、自己主張の強い女性のイメージから、“天使”のような専業主婦役へと変身した。この裵宗玉とジュンピョ役のキム・サンジュンは、1995年に放映された金秀賢の人気ドラマ「風呂屋の男たち」で、カップルとして共演したことがある。そのドラマを見た人たちの間では、今回のドラマが、「あの時のカップルの結婚後の姿を見るようだ」と話題になった。

 ちなみに、ある女性の検事がこのドラマについて、「現実的に見れば、姦通したジュンピョとファヨンは、刑務所行きのチケットを買ったようなもの」と書いていた。韓国には配偶者のいるものがそれ以外の異性と性関係をもつことを犯罪とする姦通罪があるからだ。このドラマの場合、ジスが夫を告訴すれば、二人とも拘束される。だが、ドラマの中のジスは告訴しなかったし、現実にも姦通罪が適用されるケースはそれほど多いわけではない(2007年度の姦通罪の起訴件数は1,190件)。また、実刑判決が下るケースは起訴件数の10分の1程度だと言われる。

 そもそも国会議員による票決の際、一票差で成立したという韓国の姦通罪(刑法241条、1953年制定)。過去4回、憲法裁判所で議論され、合憲の決定が下されてきた。しかし、2008年の時は合憲4人、違憲5人という判決が出ている(但し、違憲決定の成立には三分の二[6人]の多数意見が必要)。姦通罪が韓国社会からなくなる日も、そう遠くはなさそうだ。

写真出典

http://www.maniadb.com/album.asp?a=150375

http://news.inews24.com/php/news_view.php?g_serial=368982&g_menu=090690

http://somun.tistory.com/

http://ask.nate.com/qna/view.html?n=6057801

 http://www.kbs.co.kr/magazine/news/1456117_22766.html

カテゴリー:女たちの韓流

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