エッセイ

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<女たちの韓流・26>「シティーホール」:韓国の“新しい未来”を夢見る 山下英愛

2012.03.05 Mon

 2009年に放映されたドラマ「シティーホール」(SBS、全20話)は、政治を題材にしたロマンチック・コメディーの代表作である。制作陣は、「パリの恋人」(2004)、「プラハの恋人」(2005)、「オンエアー」(2008)などでお馴染みの作家キム・ウンスク(1973~)と演出家シン・ウチョルの名コンビ。主役は「私の名前はキム・サムスン」(MBC2005)で人気を集めたキム・ソナ(1973~)と、演技派のチャ・スンウォン(1970~)が演じた。年末のSBS演技大賞では、主役の二人が揃って演技賞を受賞している。視聴率は10%台後半だったけれども、演技、内容ともに見応えのあるドラマである。

末端公務員の成長物語

 主人公のシン・ミレは、地方の小さな都市、インジュ市(架空)で母親と暮らす30代の女性である。貧しいながらも町の人々と助け合いながら生きてきた。ミレの職業は下級公務員。インジュ市役所の末端職員として市長秘書室に勤め、そこで長年お茶くみや雑務を担当してきた。ミレは、借金を返すため、賞金目当てで「イワシ娘選抜大会」に出場する。普通のミスコンならば出場資格すら危ういところだが、市長にかかってきた女性部長官からの一本の電話で審査基準が変わり、ミレに優勝の冠が転がり込む。ところが、喜びもつかの間、賞金はミレの手には渡らなかった。市長らは、これを裏金として政党の選挙資金に流用してしまうのである。

  賞金をもらえないことを不満に思ったミレは、市役所の前で単独の抗議デモをする。ところが、そのニュースが全国に知れ渡り、汚職まみれの市長が辞職に追いやられる事態へと発展する。成り行きで市長の補欠選挙に立候補したミレは、市民のための誠実な政治の必要性に開眼し、その思いを有権者にぶつける。ミレの思いは有権者の心を揺さぶり、見事当選を果たす。しかし、市長になったミレを待っていたものは、周囲の嫉視と腹黒い政治家たちの反発だった。ミレはそれに立ち向かい、政党や企業の権謀術数と闘いながら、庶民中心の政治を展開してゆく。そこに、政治的野心に燃える有能な青年、チョ・グクとのラブ・ロマンスが同時進行する、というストーリーである。

  一方、チョ・グクは、次期大統領と噂される大物政治家チェ・ドンギュ(俗称BB[ビッグ・ブラザー])の婚外子である。ホステスだった母親とともに、幼くしてBBから捨てられた。そんなチョ・グクは、BBに認められたい一心で、司法試験と国家公務員試験を同時にパスし、政治家としての出世街道を歩もうとしていた。しかし、婚外子の存在が大統領選の邪魔になることを恐れたBBが、真の目的を隠したままチョ・グクを操ろうとする。大企業の娘との婚約、インジュ市副市長への就任、そして、廃棄物処理工場をインジュ市に誘致する計画を推進させたのもその一環だった。また、市長選でチョ・グクをミレの参謀にしたのも、BBの思惑に基づいていた。だが、チョ・グクがミレに心を奪われることまでは想定していなかった。BBはついに、ミレを呼びつけて脅迫するのだが…。

政治的関心を呼び起こす

 このドラマは、市役所という身近な場所を舞台にしつつ、公務員や政治家の腐敗、政経癒着、選挙の裏に隠された陰謀などを面白おかしく描いている。脚本を書いたキム・ウンスクは、夫の実家がある地方都市で休養中に、家の目の前にある市役所や近所の人々を見て、ドラマのアイディアが湧いたという。また、政治という堅苦しい題材にも拘わらず、視聴者を飽きさせないのは、ストーリーの面白さばかりでなく、俳優たちの名演技に負うところも大きい。コメディの達人であるキム・ソナとチャ・スンウォンは言うまでもなく、市会議員役のチュ・サンミ(秋相美1973~)、ミレの同僚を演じたチョン・スヨン(1982~)、チョ・グクの婚約者役のユン・セア(尹世雅1978~)らの演技が役柄にぴったりはまっている。

 登場人物の名前も実に面白い。シン・ミレは“新未来”、チョ・グクは“祖国”、市長のコ・ブシルは高“不実”(出来損ない)、ミレの秘書室長となるイ・ジョンドは、常に正しい道を行くという意味の李“正道”、市議のミン・ジュファは“民主化”、その父親のミン・ユガムは閔“遺憾”、この他、ユ・クォンジャ“有権者”、チョン・ブミ“政府米”、ハ・スイン“下手人”、コ・ゴヘ“孤高だ”などと、ほぼすべての人名に、その人を象徴する意味が込められている。ちなみに、政党のジョンファ党の訳語が、字幕では“政和党”となっているが、文脈的には“浄化党”であろう。

盧武鉉前大統領の面影

 キム・ウンスク作家はあるインタビューで、「このドラマに政治的意図はない」と強調している。だが、韓国の視聴者の多くは、このドラマから政治的現実を読み取ろうとした。ドラマに描かれた政界の裏話はもちろんのこと、特に主人公の二人を盧武鉉前大統領の姿と重ね合わせて見たのである。キム・ウンスク作家の前作「プラハの恋人」でも、そこに登場する大統領が、当時の盧武鉉大統領をモデルにしたともっぱらの噂だった。だが、「シティーホール」では、ちょうどドラマが放映されていた5月に、盧武鉉前大統領の自殺事件が起こり、一層その傾向が強まった。

 事件の直後に、シン・ミレが市長選に出馬することを決める場面(第9話)が放映されると、ネット上の掲示板には「シン・ミレがまるで盧武鉉のようだ」という感想が次々と寄せられた。その後も、市長として活躍するミレの姿と盧武鉉の共通点を挙げる意見や記事が相次いだ。高卒であること、庶民のための政治を目指していること、麦わら帽をかぶったり、自転車で通勤したりする素朴な姿なども共通点として話題に上った。一方、ミレ役のキム・ソナも、「ミレが市長選挙に出て、公約について自分の考えを述べながら涙を流したことと、自転車に乗って市役所に出勤する点などが似ているようだ」と記者たちに語っている。

 

 不正との妥協を許さないシン・ミレと、現実と理想との間で妥協点を探ろうとするチョ・グクとの葛藤を、“人間盧武鉉”と“政治家盧武鉉”の葛藤だと解釈する者もいた(注1)。また、最終回の映像にチョ・グクの遊説シーンがある。そこで、群衆が「チョ、ム、ヨン!」を連呼するのだが、その声が、多くの視聴者には「ノ、ム、ヒョン(盧武鉉)!」に聞こえたというのだ。「チョ、ム、ヨン」とは、チョ・グクのファンクラブ名「祖国の無窮なる栄光のために」を、「祖・無・栄」と略したものである(写真上はドラマ、下は2002年の大統領選挙時の盧武鉉支持者たち)。惜しい人をなくして、返す返すも残念である。

女性の政治家

 ところで、韓国の地方自治体は「広域」と「基礎」に分かれている。「広域」には特別市、広域市と道があり、市、郡、区が「基礎」にあたる。このドラマのインジュ市は、「ムヤン道インジュ市」の設定なので、「基礎」の部類に入る。撮影現場には仁川広域市の庁舎が使われたため大層立派だが、本来ならもう少し建物が小さいはずだ。いずれにせよ、シン・ミレのように「基礎」の自治体長になった女性は、これまでに6人(ソウル、釜山、大邱、仁川の区長)しかいない。「広域」はまだゼロである。

 それでも、2000年にクォータ制が導入されてからは、「基礎」「広域」「国会」レベルで女性議員は徐々に増えつつある(注2)。また、昨年10月に行われたソウル市長補欠選挙では、ハンナラ党から法曹出身の女性政治家、羅卿瑗(ナ・ギョンウォン1963~)が出馬し、無所属の朴元淳(パク・ウォンスン1956~:現市長)と選挙戦を繰り広げた。2000年代に入って行われた過去三回のソウル市長選は、いずれも女性が有力候補として出馬している。女性が出れば無条件に良いということではないが、要職に男性しか就かない社会よりは遥かにマシではなかろうか?

 韓国は今年、国会議員選挙(4月)と大統領選挙(12月)を控えている。女性たちの活躍を期待する声もかつてなく高い。現に、主要政党のセヌリ党(旧ハンナラ党)、民主統合党、統合進歩党のトップは、いずれも女性たちである。セヌリ党を率いる非常対策委員会の委員長は朴槿恵(パク・クネ1952~:故朴正煕大統領の娘)で、次期大統領の有力候補でもある。片や民主統合党の代表は、今年1月の代表選挙で韓明淑(ハン・ミョンスク1944~:初代女性部長官、国務総理など歴任)が選ばれた。若者層に人気のある統合進歩党は、三人の代表の内、沈相奵(シム・サンジョン1959~)と李正姫(イ・ジョンヒ1969~)の二人が女性である。

 これらの女性たちが、政党を率いて今年の二大選挙をどのように闘い抜くのか、非常に興味深いところだ。「シティーホール」が描いた韓国のシン・ミレ=新しい未来は、果たして到来するのだろうか?

(注1)クァク・ジンソン「シティーホール、“盧武鉉”に対するオマージュで締めくくる」<オーマイニュース>2009.7.3

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001170177

(注2)地方議会議員(基礎・広域)の女性比率:2.3%(1995年)→18.7%(2010年)

    国会議員の女性比率:1.4%(1992年)→13.7%(2008年)

写真出典

http://www.newsen.com/news_view.php?uid=200906240159051001

http://thestar.chosun.com/site/data/html_dir/2009/07/13/2009071301910.html

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=angela_sklee&logNo=90051878276&widgetTypeCall=true

http://blog.daum.net/babyorganics/8522146

http://smallstory.tistory.com/tag/%EB%85%B8%EB%AC%B4%ED%98%84?page=2

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000098582

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001638271

http://www.womennews.co.kr/news/51960

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛

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