2012.12.13 Thu
またまたナチもの。事件が起きたのは1944年、映画の舞台は1976年、そして制作は2011年。ほぼ30年ごとの時間をおいて、過去が生々しくよみがえる。主人公たちは戦中派だが、監督もプロデューサーも戦後派のドイツ女性。脚本は亡命ユダヤ人の娘であるアメリカ女性。戦争中のポーランドに、現在のニューヨークがからむ。
絶滅収容所アウシュビッツから脱出に成功したカップルがいた!それ自体信じがたいが、脱出者は810余名、うちカップルは44組、そのうちの1組の実話にもとづく物語だという。男はポーランドの政治犯、女はベルリンから移送されたユダヤ女性。収容所のなかでふたりはひそかに愛し合い、女は妊娠する。極限状況で燃え上がる性愛。見つかったら即殺される、命がけの恋だ。男はナチの将校の制服を手にいれ、女を慰安婦にすると偽装して脱出する。追跡するドイツ兵をまきながらの逃避行は手に汗握る。そのあとも、男と女に平安はない。男はワルシャワ蜂起に志願し、女は密告の危険に怯える。
そして30年後のニューヨーク。互いに死んだと思い込んでいた恋人たちが、再会のきっかけをつかむ。決して忘れられない男の声がテレビから流れてくるのに、女が気づくのだ。ポーランド出身のメイドが聞いていた番組、という伏線が効いている。
夫も娘もいて安定した暮らしをしていた女が、過去の封印をこじあける。男に手を引かれて収容所を逃れた女が、今度は自分から男を尋ねるアクションを起こす。もちろん家族は混乱の極に陥る。「愛の記憶」を解凍した運命のカップルはどうなるのか・・・?30年前の記憶も消せないが、この間に築いた家族の歴史も消せない。
若いときと中年になってからのカップルを2組の俳優が演じ分ける。フラッシュバックの手法は古典的。新味はないが、名作と言ってよい。『愛を読む人』や『善き人のためのソナタ』などのドイツ映画の系譜に、またひとつ忘れがたい作品が加わった。主人公の女性がハンナ、監督の名前がアンナ・ジャスティス(「正義」という意味)とはできすぎかも。
封印した過去は必ず現在に復讐する。「過ぎ去ろうとしない過去」に、とりつかれた人々がいなくならないとしたら、今日のアフガニスタン戦争やイラク戦争の後遺症もこの先、何十年間にわたって残るやら。関係者が死に絶えたあとも、その子どもや孫の世代が、思い出しつづけるだろう。同じような内省的な作品が戦争をテーマに日本の戦後派監督に作れるだろうか。
初出掲載:クロワッサン プレミアム 2012年9月号 マガジンハウス社
カテゴリー:新作映画評・エッセイ