2013.07.05 Fri
ドラマ「美しき人生」(全63話)は、朝鮮半島の南端に浮かぶ自然豊かな済州島を舞台に、大家族の構成員たちそれぞれの生きる姿を描いたホームドラマである。脚本と演出は「母さんに角が生えた」(2008)のキム・スヒョンとチョン・ウリョンのお馴染みコンビ。韓国で最も有名な脚本家といわれるだけあって、キム・スヒョンのドラマはいつも新鮮な驚きと感動を与えてくれる。
韓国ドラマに済州島が登場するのは珍しいことではない。だが、このドラマではただ単に済州島を舞台にしているのではなく、4・3事件のような痛ましい島の歴史や女たちの代々の恨(ハン)を、おばあさんのコ・ジョムレを通して表現しようとしている。また、ジョムレの孫のテソプは同性愛者である。テソプを通して韓国社会に生きる同性愛者たちの悩みと葛藤が描かれている。4・3事件はセリフで少し触れられる程度であるが、同性愛については真正面から描こうとした。韓国社会ではまだまだ重たいこれらのテーマをホームドラマの中で描けるのは、キム・スヒョンならではのことかもしれない。
様々な人間模様
梁(ヤン)家は島の南西にあるモスルポという風光明媚な場所で、数年前からペンションを経営している。海が見える眺めの良い丘に、ジョムレが暮らす昔風の小さな家と、ペンションのオーナーで長男のヤン・ビョンテ家族が住む母屋、そして三階建てのしゃれたペンションが二棟建っている。ペンションには独身の次男と三男、そしてビョンテの妻キム・ミンジェが前夫との間で産んだ娘ジヘの家族がそれぞれ間借りして住んでいる。
物語は、ビョンテら三人息子の父親で、とうの昔、愛人をつくって出て行ったジョムレの夫が、ある日ひょっこり戻ってくるところから始まる。かつて、金持ちだったこのじいさんは、ジョムレと結婚した後、まだ子どもたちが幼いうちに、ほかの女性と所帯をもって家を出てしまった。女好きの彼はその後もつぎつぎと新しい別宅をつくって暮らし、本妻の子ども以外に15人のこどもを生んだ。それでもジョムレと離婚だけはせず、最後は本宅で死ぬのだと、ジョムレのもとに帰ってきたのだ。
夫のせいでさんざん苦労させられたジョムレがそんな夫の突如とした帰宅を喜ぶはずもなく、家中が大騒ぎになる。ドラマでは、ジョムレの複雑な心境や、身勝手ではあるが年老いて人生の黄昏を一秒一秒刻むじいさんの様子が描かれる。この二人をめぐる長男や次男、三男のそれぞれの反応も興味深い。その上、じいさん役を演じたチェ・ジョンフン(1940~)とジョムレ役のキム・ヨンリム(1940~)の演技も実に味がある。
このドラマには老夫婦の他に数組のカップルが登場する。リゾート会社の専務である次男ヤン・ビョンジュンと在日女性チョ・アラ、ビョンテの長男ヤン・テソプとキム・ギョンス(男性)、次男ヤン・ホソプとプ・ヨンジュ、末娘の大学生ヤン・チョロンとチョン・ドンゴンとがそれぞれラブストーリーを展開する。また、ミンジュの娘夫婦の離婚騒動や、食堂を経営する夫婦のDVなども描かれる。誰一人として物語のない登場人物はなく、それぞれの人生が浮き彫りにされている。「人生は美しい」という韓国語のタイトルがぴったりの内容である(日本語字幕版のタイトルは、キム・レウォン主演の同名のドラマ(2001)があるため、「美しき人生」になったらしい)。
ドラマに描かれた在日女性
このドラマには在日女性が二人登場する。一人はテソプの同僚で、彼に好意を寄せる医師のユ・チェヨン(ユミン/笛木優子1979~)。もう一人は、ビョンジュンが勤めるリゾート会社の会長の娘チョ・アラ(チャン・ミヒ1958~)である。二人とも裕福な家庭の出身で、どちらも少しクセのある韓国語をしゃべる。ひとつのドラマに在日女性が二人も登場するのはめずらしい。二人とも性格は悪くはない。だが、特にチョ・アラの方は子どもっぽく、贅沢でわがままに育ったという設定になっている。
個人的には、ビョンジュンが初めてアラと対面する場面が印象的だった。空港の到着ロビーに姿を現したアラは、彼女を出迎えた従妹のチェヨンと手を取って喜び合う。それを見たビョンジュンが、アラの笑い方に唖然とする場面である。高級品を身に着けた、一見上品ぶったアラが、大きな声で体を揺らしながら、しかもおかしなリズムで笑う姿がビョンジュンには異様に映ったのである(韓国ではもっぱら、かもめの鳴き声のようだと評された)。
だが、その笑い方は私には別段おかしく感じられなかった。むしろ身に覚えのあるものだったのだ。もしかすると、私が思いっきり笑っていた時に、周囲の韓国人からはけげんな視線をあびていたのかも知れない。韓国で10年間暮らしても気づかなかったことをドラマのワンシーンが気づかせてくれたのだ。ともあれチョ・アラはドラマの中で笑いをそそるキャラクターである。アラを演じるチャン・ミヒの演技力も手伝って、「こんな在日女性がいても不思議ではない」と思わせる。韓国の人々からは“在日女性”はこう見えているのだろうか。
同性愛を大胆に描く
ところで、このドラマが良くも悪くも大きく注目されたのは、テソプとギョンスの同性愛者たちの恋愛を正面から取り上げたからである。それまでにも同性愛を描いたドラマはいくつかあった。「二人の女の愛」(MBC1995)、「スッキとジョンヒ」(SBS1997)、「悲しい誘惑」(KBS1999)、「禁じられた愛」(KBS2002)、「お前に会いたい」(2002)などである。だがいずれも短編だった。長編の茶の間向けホームドラマで描かれたのはほとんど初めてと言ってもよいだろう。
ビョンテの長男で大学病院につとめる内科医のテソプ(ソン・チャンウィ1979~)がその主人公だ。彼は父親ビョンテの先妻の息子である。ビョンテと現在の妻ミンジェは互いに子連れで再婚した夫婦である(ちなみにミンジェは、ビョンテと再婚した理由を冗談半分に「娘の父親と同じ苗字だったから」と言う)。
テソプは、一年ほど前、飛行機で偶然隣り合わせたギョンスと親しくなり、付き合っていた。ギョンスは以前、同性愛者であることを隠して結婚し、娘までもうけた。しかし、結局うまくいかず、家族にカミングアウトして大騒動の末に離婚したのだった。社会的地位のある家柄で、同性愛者に無理解な母親からいまだに“正常人に戻れ”などと言われ続けている身だった。テソプはそんなギョンスと互いに支え合いながら、二人の関係を進展させてゆく。
そんな事情を知らないジョムレとミンジェは、テソプが30代になっても結婚する気配がないことに焦りを覚え、このままだと婚期を逃すのではないかと心配でたまらない。特に継母のミンジェは、テソプが子どもの頃から自分になかなか心を開いてくれないと悩んできた。姑のジョムレから「継母だからテソプの結婚に無関心だ」と非難されるのも辛い。それでテソプに断りもなく見合い話をすすめようとしたり、テソプを片思いしている同僚のチェヨンと結婚させようと躍起になった。
ついにテソプは、ミンジェに自分が同性愛者であることを打ち明ける。ミンジェをはじめ、家族の一人一人の受け止め方が興味深く描かれている。テソプが同性愛者であることを知ったミンジェも夫のビョンテも大きなショックを受けた。だが、息子がこの間、どれだけ悩み苦しんだか、また今後どれだけ大変な思いをしなければならないかを思うと辛くてたまらない。ギョンスの親とは対照的に、テソプの親たちはその事実を受け容れ、テソプをかばおうとする。
社会的な反響
ドラマにはギョンスとテソプの親密な関係がかなり露骨に描かれている。抱擁シーンは言うまでもなく、異性間ならば“普通”のラブシーンが、この二人の間でも描かれる。その度にネット上では反対派と賛成派による議論が沸騰した。ドラマの終盤が放映されていた9月末には、全国紙の『朝鮮日報』に“真の教育母親全国の会”と“正しい性文化のための全国連合”の連名による意見広告「<人生は美しい>を見て“ゲイ”になった我が息子 AIDSで死んだらSBSが責任をとれ!」が掲載された(2010.9.29)。それに対して人権団体の同性愛者人権連帯も、この広告が「反人権的で常識の欠けた虚偽事実で埋め尽くされている」と強く批判した。
また、テソプとギョンスがカトリックの聖堂で愛を誓う場面を撮影しようとしたところ、聖堂側の反発で難航したとも伝えられる。ようやく撮ったシーンも、世間の反発をおそれた放送局側がカットしてしまった。そのことに憤慨した脚本家のキム・スヒョンが、その頃ツイッターで不満をぶちまけて話題になった。そんなこともあって、このドラマはSBS演技大賞からは見放されたが、同性愛に対する社会的な関心を呼び起こすきっかけとなった。その後もレズビアンを描いた短編ドラマ「クラブビリティスの娘たち」(KBS2011)が放映された他、有名人がカミングアウトするケースも増えている。つい最近は、映画監督のキムチョ・グァンスが、映画社代表のキム・スンファンと今年の9月に同性結婚式を挙げると堂々と記者会見して話題となった。
女の一生
このドラマには主人公が明確に設定されているわけではない。それでも、やはり中心は、料理研究家として働きながら一家の家事をつかさどるミンジェ(キム・ヘスク1955~)と、ミンジェの姑で一家の長老であるジョムレであろう。ジョムレは一見きつい性格の持ち主だが、済州島で様々な人生の荒波を乗り越えてきたたくましさと懐の深さがある。
ミンジェとビョンテはテソプが同性愛者であることをジョムレには内緒にしようとした。ジョムレが知ればショックのあまり倒れてしまうのではないかと心配したからだ。しかし、ジョムレは誰よりも淡々とその事実を受け容れる。「昔、私の周りにもそんな人がいたよ」といいながら。仇のような夫が家に居座った時も、はじめの内はほうきで叩きだすが、ついには自分の居所で寝起きすることを許して家族を驚かす。
ドラマの終盤、ジョムレとミンジェが二人で海辺を散歩するシーンがある。女として生きてきた先輩と後輩の心がここで見事に共鳴する場面である。二人は海を眺めながら、自分の叶えられなかった望みを口にする。そして最後にジョムレがミンジェに向かって言うセリフがまたすごく粋なのだ。読者もそのセリフが知りたいだろうが、ここには書かないでおこう。ドラマで見ないと感動が薄れてしまうから。
最後に、済州島についてひと言。済州(チェジュ)島はその中心に漢拏山(ハルラ山1,950メートル)がそびえる火山島である。昔から風と石と女が多く、島の女たちは海女として生活力があると言われてきた。最近、富士山がユネスコの世界文化遺産になったが、済州島は6年前に世界自然遺産に登録されている。1948年に起こった済州島4・3事件については、文京洙『済州島四・三事件 「島のくに」の死と再生の物語』(平凡社2008)がある。また、小説では金石範『鴉の死』(講談社文庫1985)、同『火山島』(文芸春秋社1983~97)がおすすめだ。
写真出典
http://blog.daum.net/mhki7/13387199
http://lovetree0602.tistory.com/m/post/view/id/365
カテゴリー:女たちの韓流