エッセイ

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フェミニストの明るい闘病記 忘れたころの番外編・その1 海老原暁子

2014.08.27 Wed

癌患者は嘘つきがお好き?

 予定通りの再々再発に見舞われて、初回の入院治療を終えたところである。今回はちょっとシリアスな幕開けだった。今も非常に体調が悪い。

傍大動領域に多数の腫大リンパ節が出現。右鼠蹊、右内腸骨、総腸骨領域にもリンパ節転移と考えられる結節および境界不明瞭な軟部組織像が出現している。総腸骨領域の軟部組織による右尿管の通過障害が生じ、右水腎症が出現。左総腸骨領域にも腫大リンパ節出現。腹水が出現。上行結腸内側に径22㎜の隆起性病変が出現。原発性大腸がんの可能性もあるが、壁外性の病変にみえる

 CTの読映結果にこんなこと書かれちゃって平気な人いるかしら。わたしもさすがに「これで終わりかなあ」と暗くなりましたよ、ほんと。とはいえ、まだ保険で治療ができるのだからありがたく受けましょうと、通算22クール目の抗がん剤治療に突入。がん研での4人目の主治医がモニターをスクロールしてこの4年半の治療記録に目をとおしながら、「こんなに抗がん剤やってる人はそうはいない・・」とつぶやいたのが可笑しかったというか悲しかったというか。

もんちゃんの定位置

もんちゃんの定位置

 今回は腎臓と膀胱を結ぶ尿管にステントを留置する絶叫地獄の処置を受け、次に大腸に現れた塊が別物のがんであるかどうかを調べるための大腸内視鏡検査を受け、最後に、鎖骨の下に点滴を受けるためのヒゲの生えた空飛ぶ円盤みたいなものを埋め込む手術を受けた。もう両腕の静脈が点滴ルートをとれないほど傷んでしまっているからだ。これも悲しい現実。

 さて、再々再発がわかったころ話題になっていた本がある。どこの本屋でも平積みになっていた高遠智子著『食べものだけで余命3カ月のガンが消えた』。なんと20万部以上売ったそうである。プロフィールによると著者は

「万有製薬株式会社に勤務中28歳で末期の卵巣がんで余命半年の宣告を受ける。抗ガン剤と放射線治療でモグラたたきのように再発を繰り返しながら3年過ごすが肺に転移して治療を放棄。最後の数か月は好きなことをしようと車イスで渡仏。薬の副作用で味覚障害を抱えていたがモンマルトルのビオマルシェでトマトを食べた際に唾液分泌が発生するとともに味覚がまだ残っていることを認識」

したとのことで、そのあと癌はうそのように寛解に向かい、フランスの有名な料理学校、Ecole Ritz Escoffier(リッツエスコフィエ)に入学して、4年がかりでフレンチガストロノミー上級ディプロマを取得、その後今度は中国に渡り北京中医薬大学薬膳学専科で、一年で中国薬膳師の資格を取得したのだそうだ。

 彼女が余命半年を告げられた病名は「スキルス性卵巣がん」・・・・わたしはそれほど疑り深い人間ではない。どちらかというと人の言うことをまんま信じる方である。がしかし、このいかさまはあまりにも程度が低くて、最初から笑ってしまったのであった。そもそも卵巣がんにスキルス性はない。放射線治療も適合しない。フランス語と中国語がどの程度できるのか知らないが、3年以上がんの治療を続けて余命半年とまで言われた人が、莫大な学費がかかる上に猛烈な精神的プレッシャーと戦わねばならない正規留学をやすやすとこなせるはずがあろうか・・・華やかすぎる経歴には詐称の臭いがぷんぷんする。食事でがんがなおると喧伝する人の多くが似たようなタイトルの本を出して儲けていることもいやというほど知っている。お人好しの妹は「お姉さんの参考になるのなら」と早速購入して読んでみたという。卵巣がんの仲間たちもいろいろな意味で動揺する。今受けている治療が正しいのか、それとも彼女のように西洋医学による治療を止めて食餌療法に切り替えるべきなのか・・あのねえ。

  わたしがハナから疑ってかかったのにはいくつかの理由があるが、ネットやテレビに露出する彼女が「美人」であったことが大きい。彼女を利用して、幻冬舎もテレビ局も何かを企んだのだろう。そもそも美人で自己顕示欲の強い女性がこんな風に利用され、持ち上げられてすぐ消えるというのは業界の常だが、テーマが「がん」だと問題の根は深い。20万部の影響力を引き受ける自覚が彼女にあっただろうか?

 ほどなく、某メディアが彼女の経歴を精査した。フランスの学校にも中国の学校にも在籍すらしていなかったことが明るみに出た。妹は嘆く。「どうしてこんな嘘がつけるの? 騙されるわたしがいけないの?そういえばわたしは山崎えり子にも騙されたのよね・・・」

 ご記憶だろうか。15年ほど前、これもメガヒットになった『節約生活のススメ』という本を。ドイツでの生活体験をこと細かに語る、お財布にも環境にも優しい節約生活の指南書である。ナチュラル系美人の著者はテレビにもさかんに出演し、続編も売れに売れた。ところが、全部が嘘だったのだ。ドイツになど行ったこともなかったのだと・・・妹は彼女に大いに触発されて節約生活を実戦していただけにそのショックは大きかった。売り逃げみたいな商売をする出版社が最大の咎を負うべきだが、そもそも大嘘をついてまで世に出たいという人間のさもしさに唖然とする。節約生活ならまだ罪は軽かろうが、がん患者を惑わせる「これでがんが治りました!」系の本はある種の犯罪だと思うのだ。

 そしたらまた出た。また食餌療法!また余命3ケ月!またスキルス性!また料理研究家!  おーいおい、いいかげんにしてくれよ。ムラキテルミ著『余命3カ月のガンが消えた1日1食奇跡のレシピ』だそうである。

 スキルス性肝臓がんで6ヶ所の大学病院で余命3ヶ月を告げられたって・・・ここからして嘘である。そもそもスキルスというのは、通常細胞の中にがん細胞が編み込まれた状態(瀰漫性浸潤)を指す用語で、彼女のブログにあるように、ゴルフボール大の固形がんはそもそもスキルスではないのだ。スキルス性のがんは圧倒的に胃がんに多く、乳がんにも発現するが、卵巣や肝臓には起こらないのである。悲劇的なサウンド効果としてこの接頭辞を使っているのだとは思うが、厚顔無恥の誹りだけでは足りないと思う。

 また、 6つもの病院で「余命3ヶ月」を告げられることはまずあり得ない。余命の宣告はセカンドオピニオンを取りに行った病院でいきなりなされる類いのものではないし、そもそも医者の看たてはそこまで判で押したように一致するものでは全然ないのだ。このあたりにも、売らんかなのあざとさが透けて見える。

 医学的知識がなくても勘のいい人ならこの手の嘘は見抜けると思うのだが、どうしてこういう本がバカスカ売れるのか。自分の本が売れないから僻んで言うわけではないが、追いつめられた人間は嘘でも信じる、いや、嘘だからこそ信じるんだなあと切なくなる。ちょっと冷静に考えれば、ちょっと調べてみれば、どう考えても嘘だとわかることであっても、もしかしたら自分もこの人みたいに治るかもしれない、この人みたいな奇跡が自分にも起こるかもしれない、自分も彼女と同じことをやってみよう、これに賭けてみよう、と、こういう心理状態に追い込まれていくのだろう。宗教が阿片であるように、食いもんでがんが治ったというプロパガンダも危険ドラッグである。

 周囲にがん患者がいたら、注意深く観察してあげて欲しい。食餌療法でがんが治ったと信じるのは自由だが、それをどうやって証明するのかを冷静に考えて欲しいのだ。治療を打ち切って食餌療法に賭け、治らず命を落とした人の周辺は口を閉ざすだろうし、偶然治った人は食事を変えなくても治ったのかもしれない。偏食のリスクを冒してまで嘘つきの言うことを信じた患者がたくさんいただろうと思うと、胸が痛むのである。

 参考までに付け加えるが、極端な食餌療法を信じて標準治療から外れていった人の多くが「あっという間に衰弱して亡くなるか、亡くなる直前で戻ってこられます」。これ、わたしの最初の主治医の言である。

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カテゴリー:フェミニストの明るい闘病記

タグ:海老原暁子 / 闘病記 /