2011.07.02 Sat
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ミッドナイト・コールは、作家ではない社会学者である上野千鶴子さんが、自分をさらけだした作品。
作家は自分の自我を実験場にする生きもの。作家に会うたびに作家にならなくてよかった、と言う上野さんが、あえてこれまで口にしたことのないことを、書いたことのない文体で書いたエッセイである。
普段の上野さんは学者。学者は世の中を観察し、論文という形で世に問う。それでもなお、どんな公共的な文体のなかでも、学者はやはり〈わたくし〉を語ってしまう生きもの。他人の自我や社会を実験場に借りて、学者もまた、いつのまにか自分を語っている。
人は家族の中に生まれるが、家族から離脱していく。上野さんは、家族からの離脱に巨大な遠心力を行使し、自分も他人も傷つけてしまったと振り返る。
生まれ育った家族から離脱し自分を縛るものから脱出を遂げた。「家族をつくるまい」と選択し、バイオロジカル・クロックのタイムリミットを過ぎた頃、戻る道がないと気づく。
往還の往は手に入れたが、還のしかたがわからない。仏教にある往相と還相(げんそう)という言葉。還相のあり方が見えないと、ある人にひっそりと口にした。
「あなたはもう還ってきているではありませんか。あなたの中にある他人に対するやさしさ、それがあなたの還相でしょう?」
読みすすめていくうちに、わたしのなかの上野千鶴子が揺れる。まるでそれは、天井から吊るされた裸電球が、風に揺れながら暗闇を細く照らしているように。学者という世の中を傍観する立ち位置から、ストンと自我に降り立って、どこかか細く繊細な感性が、触手を伸ばしたわたしの心に錨をおろす。
上野千鶴子さんが、ふわりと両腕に降りてきた。〈わたくし〉を語る上野さんに出会える一冊。じわ~とあたたかな光が心内に広がっていく。
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