エッセイ

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スーパーハケンに託される本音(ドラマの中の働く女たち・5) 中谷文美

2014.01.25 Sat

『ハケンの品格』
放映:2007年1月~3月、日本テレビ系列
脚本:中園ミホ、主演:篠原涼子
公式ウェブサイト:http://www.ntv.co.jp/haken/
日テレオンデマンド配信中
http://vod.ntv.co.jp/program/haken/

 ここ数年、パートや派遣社員など、正社員とは異なる身分で働く非正規雇用者の比率が過去最高を更新し続けている。すでに半数以上が非正規雇用となっている女性の働き方を見ると、以前から多いのは中高年の既婚女性を中心とするパートだが、1990年代以降、未婚女性の非正規化も著しい。今回取り上げるドラマでは、とくに増加が目立つ派遣社員と正社員の関係性に注目しつつ、ハケンという働き方が潜在的に持つプラスの側面(職場の人間関係に煩わされず、専門的スキルを活かして、パートやアルバイトより高い時給で働けるなど)と同時に、雇用の不安定さや正社員との待遇差といった問題点を描き出している。

haken  派遣会社「ハケンライフ」から3ヶ月契約で食品会社の営業事業部マーケティング課に派遣されてきた大前春子(篠原涼子)は、時給3000円の特Aランクである。26種に及ぶ資格と高い事務能力を持つが、残業、休日出勤はすべて拒否し、たとえ役職者であっても直属の上司でなければ命令には従わないという態度を貫く。

 同時期に同じ部署で働き始めた森美雪(加藤あい)は、新卒時の採用試験にことごとく落ちた末、アルバイト勤務を経て派遣社員となった。3ヶ月後の契約更新をめざして実績を挙げようと努力するが、空回りが続く。マーケティング課には、大前の進言で、パソコンに強い専門職として男性の派遣社員、近耕作(上地雄輔)も加わる。

 一方、営業部販売二課主任、東海林武(大泉洋)は、正社員がリストラされると同時に派遣社員が増えていくことに反発を感じ、派遣社員への差別的発言を繰り返す。マーケティング課主任の里中賢介(小泉孝太郎)は、気が弱いながらも正義感が強く、出世路線からは外れている。派遣社員に対する差別的取り扱いには疑問を感じ、森のミスをかばったり、大前の心を開こうと努めたりする一方で、同期入社の東海林にはそういう態度を諌められ、板ばさみとなっている。

 「働かない正社員がいるおかげで、私たちはお時給がいただけるんです」と公言し、あくまでもマイペースで、与えられた業務をこなすことだけに専心しようとする大前だが、次々に起こる職場のトラブルに否応なく巻き込まれる過程で、クレーン車の操作、助産師などの技能を次々に発揮し、スーパーハケンぶりを見せつける…。

haken2 このドラマで放送文化基金賞を受賞した脚本家の中園ミホは、実際に派遣社員として働く女性たちに取材を重ねたと語っている。だが、取材から得た彼女たちのリアルな勤務実態をそのままドラマにしても、疲れて帰ってきた彼女たちがそれを観たいと思うだろうか?という疑問から、あえてスーパー派遣社員という突飛な設定を考えたのだという(『ドラマ』2007年7月号、映人社)。

 たしかにあまりにも高いスキルといい、破格の時給といい、戯画化された存在ではあるが、そういう設定のヒロインだからこそ、実際には言えないような派遣社員の本音を正社員に向かって臆せず口にすることができる。1人ひとりの名前を覚えずに「ハケン」「おまえ」呼ばわりする相手には、「正社員さん」と返し、「あなた達はハケンを人だと思ってるんですか」と詰め寄る。嘱託契約を打ち切られそうな定年後の社員については、「ハケンは3ヶ月に1度、リストラの恐怖にさらされるんです。あの人は会社に甘えて、危機感がなさすぎたんです」と言ってのける。同時に、社員食堂では正社員が350円で食べられるカレーライスに、「外部」の人間である派遣社員は700円払わなくてはならないこと、バレンタインデーには自腹を切って「義理チョコ」を用意することが負担となっている、といった現実の一端がストーリーにさりげなく盛り込まれている。

 派遣社員は、自分の勤務先の企業に直接雇われてはいない存在である。だからこそ、毎日同じ職場で働いていても、正社員から「外部」の人間扱いされるのである。こうした雇用関係を法制化した労働者派遣事業法は、1985年に制定、翌1986年に施行された。施行当初は、「専門的な知識、技術または経験」を活かすという観点からソフトウェア開発、通訳・翻訳・速記、財務処理などをふくむ13業種のみが対象となっていた。いわゆるOA(オフィス・オートメーション)革命が進行していた当時の職場においては、新しく導入された事務機器の操作は全社員にこなせるものではなく、それなりの知識と技術が必要とされていたのである。事務系の業務ではあっても、スキルを磨くことでキャリアにつながると考えられてもいた。だが、その後派遣労働の対象業種は次々に拡大し、1999年には、逆に特定の業種を除くすべての業務において、派遣労働が原則解禁となった。さらに2004年以降は、それまで外されていた製造業務においても派遣が可能となり、折からの経済不況と相まって、男性の派遣労働者が急増したことで、社会問題としての注目も浴びた。

 女性の事務職に関していえば、定型業務を担う正社員の一般職を派遣労働者に置き換えていく動きが広がった。このドラマに登場する営業事業部の2つの課では、データ入力、資料作成、ファイリング、お茶くみ(社員用にはコーヒーサーバーが設置されているが、来客時や会議ではお茶を淹れている)といった単純業務は、すべて女性派遣社員に任されている。そして、「あんたらハケンはな、黙って正社員の言うこと聞いてりゃいいんだよ」と豪語する東海林の側について、派遣社員を非難するのは、彼や里中と同期入社の女性正社員、黒岩匡子(板谷由夏)である。この職場で正社員として描かれる女性はなぜか彼女1人であるが、物語の最終盤では、東海林や里中から1年遅れて主任に昇格している。

 同じ1986年に施行された2つの法律、男女雇用機会均等法と労働者派遣事業法を契機として、もともと男女の性別に基づく職域分離が明確だった職場の中に、総合職VS一般職、さらに正社員VS派遣社員という新たな区分が持ち込まれたことになる。そうした職場の変質をめぐり、アンチ・ハケン派の東海林は里中に向かってこう述懐する。

 「俺たちが新入社員の時、電話の取り方から教えてくれた業務のおばちゃんとか、残業のたびにおでんおごってくれた川崎主任…憶えてるか?みんなリストラされちゃって、これからはアカの他人のハケンが増えるばっかりだ。」「俺はさ、あの人たちと一緒にずっと仕事したかったよ。同じ釜の飯食って、泣いて、笑って、家族みたいにさ…ずっと一緒にいられると思ってたけどな。納得いかねえよ。」

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 東海林が「家族」になぞらえて懐かしむかつての職場は、実は「まるで主婦」のような単純補助業務が女性OLたちに丸投げされる(本エッセイの第1回参照)場所だったはずである。そのOLたちが今では、「アカの他人」たる派遣社員にすり替わったことを彼は嘆いている。しかし、正社員から不当に敵視されるハケンたちの境遇は厳しい。かつての正社員OLたちと同じく、経験を積んでもキャリア展開が見込めないばかりでなく、賃金格差や不安定雇用といった問題がつきまとう(藤原千沙・山田和代編『女性と労働』大月書店、2011年)。このドラマのウェブサイト上の掲示板には、放送終了後も書き込みが相次ぎ、当事者である派遣社員たちが逆に正社員に対して厳しい目を向けていることもわかる。雇用の劣化と同時に進行してきた職場の中の分断は、2007年時点ですでに深刻なものだったのである。

 連載「ドラマの中の働く女たち」は、毎月25日に掲載予定です。これまでの記事は、こちらからお読みになれます。








カテゴリー:ドラマの中の働く女たち

タグ:ドラマ / 非正規労働 / 働く女性 / ワークライフ・バランス / 中谷文美