2014.05.02 Fri
特別企画 『8月の家族たち』
八月のけだるい夏の昼下がり、アメリカ南西部オクラホマ州の古びた屋敷の一角で劇作家サム・シェパード演じる老夫が重病に冒された妻をケアするために新しく雇った家政婦を前に、穏やかに、話をしている。そこに、本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたメリル・ストリープ演じる神話的なまでに怪物的な毒舌妻ヴァイオレットが登場。末期の舌癌(明らかに比ゆ的!)を患い、酒と薬に溺れながらも、ネイティヴ・アメリカンの家政婦を「インディアン」呼ばわり。 おそるべき無教養と不躾と田舎女の頑迷さを武器に、強圧的な女主人ぶりを見せつける。 待ってました!と声をかけたくなるほどのカリスマ性だ。 少々、演技過剰だが、もともと2008年にピューリッツアー賞、トニー賞を受賞した舞台の映画版なのだ。 批評家にブロードウェイの舞台と比較されるのは必定。名女優としては、この登場場面は、見せ場であろう。
そして案の定、あとはメリル・ストリープの独断場だった。 エピローグで登場した夫が早々に失踪した後、三人の娘たちや妹一家が集まり「グランド・ホテル」形式の家族ドラマが始まるが、長女役でアカデミー助演女優賞にWノミネートされたジュリア・ロバーツとの壮絶な母娘バトルも、終わってみれば、心に残るのはストリープ演じる母親像! そして男たちの無力な姿も奇妙に心に残る。 男たちについては後述しよう。 母親像で特筆すべきは、夫の葬儀後、家族で囲む夕食の席上、マグマのような怒りの発作を噴出させる場面だ。 幼少期の暗く貧しく荒涼たる記憶を呪詛のごとく吐きちらす語りは、かつてスタインベックが『怒りの葡萄』で描出した「オーキー」(オクラホマ貧農)の姿を呼び覚ます。 そして家族史の深層が明らかになると共に、ヴァイオレットの真の怪物性が姿を現すのだ。 彼女はすべてに代えて生き残ったといえるだろう。厳しい環境を生き抜いた女の執念に圧倒される。
貫録ある悪女ぶりがウィリアム・ワイラーの名作『偽りの花園』のベティ・デイヴィスを思わせるが、ストリープ版の悪女には寂寥感がある。 それゆえ、ラスト、一人残された家の中で家政婦を探し、その腕に抱えられる様が胸をうつ。 この家族のドラマの目撃者となった家政婦がネイティヴの女性である点は、考察に値しよう。 彼女はこの家族の悲惨を救い、看取る役割を担う。
男性像も興味深い。三女のあやしげな恋人以外、男たちは皆、ナイーヴ。内面に深い傷を負っている。 今をときめく若手俳優ベネディクト・カンバーバッチ演じる青年などはその典型だろう(写真右)。 彼は常にヴァイオレットの妹である自身の母親にひよっこ扱いされ、頼りなく、秘めた思いも、ただ歌にするしかない。 彼の父もまた同様だ。 口達者な女どもの前で、男たちは皆、同様に、声を失っている。 そして、そんな男たちの姿が、なぜか共感を誘うように描かれている。 それは明らかに男性監督、そして男性の原作者の視線を感じさせるものだ。
もしかして、これは、一見、母娘間の葛藤ドラマを目玉にしつつ、実は、「父と息子」の物語ではないのか? アメリカ文学史上名高い短篇「リップ・ヴァン・ウィンクル」以来続く、ガミガミ妻から逃げ出す夫の物語の系譜に属するのではないか? 女性嫌悪が背景にありはしないか? だとしたら、このモンスター的母親の不思議に人の心を捉えて離さない魅力は一体、何に由来するのか?
さまざまに思いをめぐらせていたところ、NYタイムズ紙ウエブ版に掲載された俳優出身の劇作家(原作者)トレイシー・レッツへのインタビュー記事を読み、この映画が元としている戯曲が書かれた背景がわかってきた。 この映画で早々に失踪し自殺する父親のモデルは、レッツが10才の頃に入水自殺した母方の祖父であり、その記憶に彼はずっと「とり憑かれてきた」のだという。 彼の父親はといえば、大學を出て教師となり、早期退職後、好きな舞台の道に進み、しかも本作が基とする舞台で、ガンで亡くなる直前までこの父親役を演じ続けた。 彼は強い思慕と共感の念をこの亡くなった父親に寄せている。
「誰かが亡くなると、残された家族は再編成が必要になるんだ。父は家族の中で強い存在だった。彼の死後、僕たち家族はもう一度、自分たちを作り直さなくてはならなかったんだ・・・」インタビュアーに答える彼の言葉には父への強い思いがにじみ出ている。 彼は今でも毎日、父のことを考えるらしい。 映画の冒頭、サム・シェパード演じる父親が詩について語る場面があるが(写真左上)、知的で静かな父親像を作り出した背景には、こうした彼自身の「父と息子」の物語があったように思われる。 一方、メリル・ストリープ演じる怪物的母親像は、薬物中毒だった母方の祖母をモデルにしている。 ジュリア・ロバーツ(写真右下)演じる娘は、したがって、彼自身の母親がモデルである。この母は50代後半に書いた小説Where the Heart Is がベストセラーになったという女性だ。 そして彼はこの作家となった母親に対しても「強い結びつき」を感じていると述べている。僕の家族は結束力が強く愛し合っていたけれど、同時にある「暗さ」を抱えていて、それは、祖父の入水自殺や、祖母の薬物中毒からくるものでもあったけれど、内側からくるものでもあったんだ、と彼はいう。
あなたにとって人生最大の誇りはなんですか? とインタビュアーに問われ、彼は次のように答えている。 これは自分のルーツについての、そして、家族と故郷についての真の物語であって、同時に、自分が演劇について信じていることを表わしているのだと。
トラウマを抱える人間にとっての創作活動、演じることの意義について考えさせられた。舞台版も見たいものだ。 あのジョージ・クルーニーによるプロデュース。 監督は、テレビ・ドラマ『ER』の演出で知られるジョン・ウェルズ。 原作者レッツ自身による脚色。 映画はオクラホマ州に実在する家でロケーション撮影された。
息苦しく閉鎖的な空間で、機能不全に陥った一族の末裔たちの、暗く抑圧された情念に裏打ちされたダーク・ユーモアが時に思わぬ哄笑を誘う。 本家アメリカでは、南部の抑圧された性を描くテネシー・ウィリアムズや不条理劇で知られるユージン・オニールの戯曲と並び賞賛されている舞台の映画版である。
上記は『女性情報』(パドウィメンズオフィス発行)4月号に掲載されたテクストを加筆修正したもの。
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© 2013 AUGUST OC FILMS, INC. All Rights Reserved.
2014年4月18日よりTOHOシネマズ シャンテほかロードショー
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カテゴリー:新作映画評・エッセイ
タグ:DV・性暴力・ハラスメント / 母と娘 / 姉妹 / 川口恵子 / アメリカ映画
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