
アディクションの主役は女性になった
依存症臨床の第一人者である信田さよ子さんがアルコール依存症患者とその時代を活写した『依存症』(文春新書)から26年。本書は依存症を切り口に、不安定化する世界の核心を捉えた新しいアディクション論です。
母と娘問題、摂食障害といった古くて新しい依存症から、近年社会問題化したギャンブル依存、女性のアルコール依存症、OD(オーバードーズ)、そしてセルフケアブームや「推し活」といった社会現象まで。扱われるテーマは実に幅広いのですが、先取りしていえば、パンデミック以降、私たちはなんでもアディクションになっていく、あらゆる行動がアディクション化する時代を生きている、という社会の大きな変化が描かれるところが本書の白眉です。
思えばパンデミックをきっかけに、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、パレスチナとイスラエルの戦争、さらにはイラン戦争まで引き起こされる新たな戦争の時代を私たちは生きています。さらにネット、SNS空間では性暴力による告発も相次ぎ、今や炎上も日常茶飯事です。「緊張が高まり、先行きが不透明になり、うっすらとした恐怖が満ちたとき、酒を飲み、スマホでSNSの世界に溺れながらそれから解放される。アディクションによって私たちは生きていくのかもしれない」と信田さんはまえがきで書いています。
かつて家族のケアを受けられた男性患者と異なって、守られるべき家族から放擲され、社会的経験もステイタスもない。ケアを求めてもケアを奪われ、アディクションによって溺れながら、それでも生き延びる女性たちの姿を、いわば下り坂日本の写し鏡として描きます。
……と書くと、悲観的に聞こえるでしょうか?
いえいえ、それにはとどまりません。
「生き延びるためのアディクション」という言葉を耳にされたことのある人もいるかもしれません。「わかってはいるけれどやめられない」のは必ずしも悪いことではない。臨床現場ではむしろアディクションを肯定的に捉える視座の転換が時代の変化とともにもたらされて今に至ること、21世紀になって発展を続けるトラウマ研究の成果がアディクションの定義を変えつつあることなどをも知ることができるのです。
「自分と似た他者と集うことで、初めて少しは楽に生きられる」
本書のラストで発せられるこの言葉は、アディクションの背景にある金融資本主義社会の時代精神を撃ち、そこから解放し、本を通じてともに旅してきた読者(私たち)のよって立つ場所を、きっと静かに明るく照らしてくれることでしょう。
◆書誌データ
書名 :『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』
著者 :信田さよ子
頁数 :224頁
刊行日:2026/07/30
出版社:文藝春秋
定価 :1890円(税込)









