2014.03.01 Sat
『ブルージャスミン』のケイト・ブランシェットか、『8月の家族たち』のメリル・ストリープか
来る3月2日(現地時間)に発表される第86回アカデミー賞で主演女優賞を獲得するのは誰か?最有力候補とみなされているのがウッディ・アレン監督・脚本の映画『ブルージャスミン』でNYセレブ妻から転落し正気を失って妹の家に転がり込む現代の「ブランチ」(『欲望という名の電車』)を演じたケイト・ブランシェットだ。
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日本公開は5月10日だが、すでに昨年劇場公開を終えたロンドンではDVD・ブルーレイが発売され店頭に並んでいる。さっそくオックスフォード・ストリートの大型HMVで入手。二回続けて見た。まったく見飽きない色白肌の美貌とエレガンス。セクシーな低い声。『セックス・アンド・ザ・シティ』のマダム版的NYライフとサンフランシスコ下町住民生活の対比の妙、70年代のウッディ・アレンに特徴的なナーヴァス・ブレイクダウン寸前のモノローグ、落ちぶれマダムの身に備わった社交術の華麗さが、物語の悲惨を救い、キュートでブラックなテンポよい映画に仕上がっている。ウッディ・アレンは女優を輝かせるのが本当にうまい。今度のブランシェットは、『エリザベス』(1998)で見せた凄味と『アビエーター』(2004)の華麗さを備えつつ、人間的脆弱さが表面化していくヒロインを演じる。酒と薬に溺れながらも、狂気寸前でふみとどまりなんとか這い上がろうとする。それが彼女を思いのほか「可愛い女」にも見せている。まさにハリウッド好みの女性像を作り出しているといえるだろう。アンチ・ヒロインという意味では、もう一人の強力候補『8月の家族たち』のメリル・ストリープ演じるヒロインとも共通する。
詳細はWAN本欄で「映画の中の女たち」を連載中の仁生 碧さんが近く両作品を取り上げるので読んでいただきたいが、ブランシェット演じるジャスミンという女性は、名前自体、自ら作り上げた虚構であり、彼女はその虚構としてのセルフ・イメージから逃れることができない。その意味で、ジャスミンは、ブランシェットが自ら舞台で演じた『欲望という名の電車』のブランチの現代版であると共に、女性版「グレイト・ギャツビー」でもあるだろう。対する「妹」ジンジャーは、姉から「負け組」扱いされつつも、労働者階級の生活を精一杯楽しみながら生きており、彼女からすれば姉こそが”phoney”(インチキ)なのだ。”better gene”(「いい方の遺伝子」)という台詞がたびたび妹の口から皮肉まじりに発せられたり、”loser”(負け組男)を選ぶ妹の癖を姉が揶揄するといった場面が目立つほかは、この血のつながらない養女同士の姉妹間葛藤はさしたる主題的重みをもたないが、ジンジャー役のサリー・ホーキンス(下町キャラクターが似合うイギリス女優)は本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされており、『8月の家族たち』で主演女優賞、助演女優賞にWノミネートされているメリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツの母娘コンビと、ここでもある種、好対照をなす。賞の行方が注目される。
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二つの映画を見比べた率直な感想をいえば、ケイト・ブランシェットが主演女優賞をとるならまさに今という気がする。史上最多の17のオスカー・ノミネート歴を誇るストリープは『ソフィーの選択』(1982)と『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011)で二度主演女優賞を獲得している。今回三度目の受賞となれば、次はキャサリン・ヘップバーンの四回に並ぶかどうか、今後の受賞レースが楽しみになるだろう。しかし、「主演」という意味では、今回のストリープは、ブランシェットの存在感に及ばない。ピューリッツァー賞を受賞した戯曲の舞台版を映画化しただけに、室内場面で見せる演技はすごいが、技巧派につきまとう「演じている感」が時に顔を出す。私たちは彼女が演じるバイオレットというオクラホマ女性を見るのではなく、どうしても演じるメリル・ストリープ自身を見てしまうのだ。冒頭、ストリープが初めて姿を現す場面に思わず息をのみ、食卓場面での家父長的威厳に見とれさせられるといった風に。
対するブランシェットは、『エリザベス』で世界に印象づけた高慢で気位の高い女優イメージを漂わせつつ、ジャスミンという<夢の女>とジャネットという<現実の女>の双方を演じ分け、その狭間で引き裂かれ精神的バランスを失いながらも必死に生きてゆこうとする生身の女を観客に印象づける。<夢の女>と<現実の女>を同じ一人の女優が演じたといえば、ヒッチコック監督の傑作『めまい』(1958)でマデリン/ジュディ役を演じたキム・ノヴァクが思い出される。サン・フランシスコを舞台にした(NY場面は回想)今回のウッディ脚本は多分そのあたりも意識しているのだろう。しかし、『めまい』では主人公の男性のロマン主義的欲望の視線が、一人の生身の女を二つの女性像の間で引き裂き、最終的に、<彼女>はどこにも存在しない女としか見えなくなるが、『ブルージャスミン』は違う。40代半ばという女優人生のもっともいい時期を生きるブランシェットが、確かにそこに、スクリーン上に、<生身の女性>としてのジャスミン/ジャネットの存在感を焼きつけているのだ。社交術にたけたソーシャライト―ジャスミン―から、素の自分―ジャネット―が顔を出す生々しい瞬間も見事だ。そして私たちは、ブランシェット演じる<彼女>がたしかにそこに存在しているという実感を得る。
楽天家で何があってもへこたれない開拓者魂をもつ<強いオクラホマ女性>(『オクラホマ!』『怒りの葡萄』)の神話崩しを演じた超絶技巧派メリル・ストリープか、<夢の女>と<現実の女>の狭間で引き裂かれつつセレブに返り咲こうとする現代版「ブランチ」を華麗に演じたケイト・ブランシェットか。そしてはたまた、本音をいえばこの人にも捧げてほしい英国の誇る名女優ジュディ・デンチ(『あなたを抱きしめる日まで』)か。今年の賞の行方は本当にみものだ。アカデミー賞発表の瞬間がこれほど見ごたえある年はないのではないか。日本ではWOWWOWで3月3日午前9時より生中継される。(Keiko Kawaguchi @London)
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2014年5月10日より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショー
© 2013 Gravier Productions, Inc.
【NY撮影】Photograph by Jessica Miglio c 2013 Gravier Productions, Inc.
【サンフランシスコ撮影】Photograph by Merrick Morton c 2013 Gravier Productions, Inc.
カテゴリー:新作映画評・エッセイ
タグ:非婚・結婚・離婚 / 川口恵子 / 女性表象 / 女女格差 / ケイト・ブランシェット
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