2013.01.03 Thu
このシリーズは、事実婚・非婚・おひとりさま・セクシャルマイノリティといった方々に対し、「法律婚夫婦+子」を基本概念として作られている現状の各種法制度の中から、活用できる制度がないかを提案していくものです。
◆テーマ・その1:遺言書で大切な「者」を守る
第4回 パートナーに全財産は残せない? 遺留分ってなんだろう?
●自分の遺産はどのようにでも分配できる?
さあ、このシリーズも4回目です。これまでは、「法律婚夫婦+子」といった枠組みの中では生きていない私たちが遺言書を作成する重要性について、しつこいくらい述べてまいりました。
今回は、遺言書を作成するときに、どうしても意識しておく必要のある「法定遺留分(ほうていいりゅうぶん)」についてお話したいと思います。
まず、遺言書がなかった場合、原則としてその遺産は、法律に決められている人々が法律に決められた割合で分けることになっています。法律で決められている人=「法定相続人」、法律で決められている割合=「法定相続分」です。
※法定相続人全員の話し合いが成立すれば、法律で決められている内容ではなく、話し合いで決めた内容で遺産を自由に分けることができます。これを「遺産分割協議」といいます。
次に、遺言書があった場合には、その遺産は遺言書の内容に沿って分けられることになります。だからこそ、「法定相続人」ではない事実婚のパートナーや同性パートナーに財産を残すためには、必ず遺言書を作成しておきましょう、ということをこれまでの回では述べてきたわけです。
それでは、遺言書さえ作っておけば、自分の遺産はどのようにでも分配できるのでしょうか。
ここで出てくるのが、今回のテーマである「法定遺留分」の問題です。「法定遺留分」とは、言ってみれば「何があっても遺産から受け取ることのできる取り分」のことです。
よく出される例としては、「遺産全てを愛人に残す」ことができるかというものがあります。もしそれが認められてしまったら、残された配偶者や子どもが、1円ももらえずに住んでいる家から追い出されて路頭に迷ってしまうことにもなりかねません。そういった横暴を防ぐため・遺族の生活の保障をするため・遺産相続の不公平をできるだけなくすための制度が「法定遺留分」です。
この例の場合、配偶者と子には遺産総額の半分の法定遺留分があります。たとえ「遺産全てを愛人に残す」という内容の遺言書があったとしても、配偶者と子は愛人に対し「遺産の半分は返してください」と請求することができるのです。これを「遺留分減殺請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)」といいます。
このように、法定遺留分の権利を持っている人(=遺留分権利者)は、自分が受け取る遺産が法定遺留分に満たない場合に、他の相続人にその足りない分を請求することができるようになっているのです。
なお、法定遺留分の請求というのは、権利者が必ず行わなければいけないものではなく、あくまでも任意の制度ですので、遺言書を作成する際に遺留分権利者ときちんと話しあって、相続時に法定遺留分の請求をしないようにお願いしておくこともできます。
さらに「遺留分減殺請求」には期限があります。相続開始または減殺すべき贈与や遺贈があったことを知ったときから1年以内に遺留分を侵害している相手に請求しないと権利がなくなります。また、相続開始から10年を経過した場合も権利が消滅します。
●誰が「法定遺留分」を持っているのかを知っておこう
では、自分から見て誰が「法定遺留分」の権利を持っているのでしょうか。
遺留分権利者は、配偶者・子・親(直系尊属)となります。
法定遺留分の割合は、どの遺留分権利者がいるかによって異なり、以下のようになっています。
1.配偶者のみ 遺産総額の1/2
2.配偶者と子 配偶者と子合わせて遺産総額の1/2
3.子のみ 遺産総額の1/2
4.父母(祖父母)のみ 遺産総額の1/3
5.兄弟姉妹のみ 法定遺留分なし
実は、法定相続人と遺留分権利者は少し違っています。法定相続人には「兄弟姉妹」が含まれていますが、遺留分権利者に「兄弟姉妹」は含まれていません。
ですので、生存している親族が兄弟姉妹しかいない場合は、兄弟姉妹に法定遺留分はありませんから、自分の(配偶者ではない)パートナーに遺言書で全財産を残すことも可能です。ただし、遺言書がなかった場合は、あなたの遺産は(配偶者ではない)パートナーではなく法定相続人である兄弟姉妹に残されることになりますので、遺留分権利者がいる/いないに関わらず、遺言書が必要なことは言うまでもありません。
●ケーススタディで見てみよう!
以下の各ケースの遺言書のある/なしによる、相続人・相続分と遺留分権利者・法定遺留分について考えてみましょう。
※このケーススタディでの「事実婚」とは異性のパートナー及び同性のパートナーのどちらも想定しています。
【ケーススタディA:パートナーに実子がいる場合】
あなたには、現在、事実婚のパートナーAがいます。
Aには、離婚した配偶者、離婚した配偶者の籍に入っている実子(2名)、母、弟がいます。
Aの財産は1,200万円で、あなたに全財産を残したいと考えています。
◆遺言書がない場合
実子(2人)で1,200万円を分けることになります。
→ 実子それぞれ:1,200万円×1/2=600万円ずつ
※離婚していても、実子には相続権があります。
※実子(第1順位)がいるため、母や弟は相続人に当たりません。
◆あなたに全財産を残す旨の遺言書がある場合
あなたが1,200万円を受け取ることになります。
※ただし、実子から法定遺留分を請求される可能性があります。
実子の法定遺留分=1,200万円×1/2=600万円
→ 実子それぞれ:600万円×1/2=300万円ずつ
※実子(第1順位)がいるため、母は遺留分権利者に当たりません。
【ケーススタディB:パートナーに配偶者と実子がいる場合】
あなたには、現在、事実婚のパートナーBがいます。
Bには、まだ離婚していない配偶者、実子(2名)、母、弟がいます。
Bの財産は1,200万円で、あなたに全財産を残したいと考えています。
◆遺言書がない場合
配偶者と実子(2人)で1,200万円を分けることになります。
→ 配偶者:1,200万円×1/2=600万円
→ 実子それぞれ:1,200万円×1/2×1/2=300万円ずつ
※配偶者及び子がいるため、母や弟は相続人に当たりません。
◆あなたに全財産を残す旨の遺言書がある場合
あなたが1,200万円を受け取ることになります。
※ただし、配偶者と実子から法定遺留分を請求される可能性があります。
配偶者と実子の法定遺留分=1,200万円×1/2=600万円
→ 配偶者:600万円×1/2=300万円
→ 実子それぞれ:600万円×1/2×1/2=150万円ずつ
※配偶者及び子がいるため、母は遺留分権利者に当たりません。
【ケーススタディC:パートナーに配偶者と親がいる場合】
あなたには、現在、事実婚のパートナーCがいます。
Cには、まだ離婚していない配偶者、母、弟がいます。
Cの財産は1,200万円で、あなたに全財産を残したいと考えています。
◆遺言書がない場合
配偶者と母が1,200万円を分けることになります。
→ 配偶者:1,200万円×2/3=800万円
→ 母:1,200万円×1/3=400万円
※配偶者及び直系尊属(母)がいるため、弟は相続人に当たりません。
◆あなたに全財産を残す旨の遺言書がある場合
あなたが1,200万円を受け取ることになります。
※ただし、配偶者と母から法定遺留分を請求される可能性があります。
配偶者と母の法定遺留分=1,200万円×1/2=600万円
→ 配偶者:600万円×2/3=400万円
→ 母:600万円×1/3=200万円
【ケーススタディD:パートナーに親と兄弟姉妹がいる場合】
あなたには、現在、事実婚のパートナーDがいます。
Dには、母と弟がいます。
Dの財産は1,200万円で、あなたに全財産を残したいと考えています。
◆遺言書がない場合
母が1,200万円を受け取ることになります。
※直系尊属(母)がいるため、弟は相続人に当たりません。
◆あなたに全財産を残す旨の遺言書がある場合
あなたが1,200万円を受け取ることになります。
※ただし、母から法定遺留分を請求される可能性があります。
母の法定遺留分=1,200万円×1/3=400万円
【ケーススタディE:パートナーに兄弟姉妹がいる場合】
あなたには、現在、事実婚のパートナーEがいます。
Eには、弟がいます。
Eの財産は1,200万円で、あなたに全財産を残したいと考えています。
◆遺言書がない場合
弟が1,200万円を受け取ることになります。
◆あなたに全財産を残す旨の遺言書がある場合
あなたが1,200万円を受け取ることになります。
※弟は遺留分権利者ではないので、法定遺留分を請求されることはありません。
●大切なのは遺留分権利者との充分な話し合い
上記のケーススタディで見てきたように、たとえば(配偶者ではない)パートナーに全財産を残そうと考えていても、実際には自分の親族に法定遺留分の権利があり、もしかすると死後にパートナーが法定遺留分の請求をされる恐れもあるということは、遺言書を作成する場合に意識しておかなければなりません。
これを避けるためには、遺留分権利者には法定遺留分に相当する財産を極力残すことにし、できるだけ揉め事の起こらない内容の遺言書にしておくのが、大切なことだといえるでしょう。
とはいえ、遺留分権利者に法定遺留分に相当する財産を残すことが困難なこともあるでしょう。その場合は、普段から遺留分権利者とよく話し合い、事情を充分にわかってもらった上で、自分の死後に遺留分減殺請求をしないようにお願いをしておくことが、あなたの大切なパートナーを守る上でとても重要になってきます。あなたが遺留分権利者との対話を避けていると、最終的に困るのは、あなたの大切なパートナーなのです。
また、遺言書には、「付言事項」といって、末尾に自由に思いの丈を書いておくことのできる部分があります。これは、あくまでも遺族へのメッセージにとどまり、法律的な効果がある部分ではないのですが、遺族にこれまでの感謝の意とお礼などを述べることができる、遺言者の人柄が一番出る部分です。ここで、パートナーがどれだけ自分にとって大切な人であったかを語り、遺留分権利者に遺留分減殺請求をしないようお願いをしておくことができます。このメッセージを受け入れてもらうためにも、普段から遺留分権利者と対話をしておくことが、大切なパートナーを守る鍵となります。
ちなみに、法定遺留分はあなたの生前に遺留分権利者に放棄してもらうこともできます。ただ、それには家庭裁判所で遺留分放棄の許可を得る手続きが必要です。遺留分権利者にそこまで要求すると却って話がこじれてしまうことが考えられますので、これは知識として頭の隅に置いておく程度にしたほうがいいのではないかと思います。
では、次回からは、いよいよ実際の遺言書作成のケーススタディに入っていきます。
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【文】
金田行政書士事務所
行政書士 金田 忍(かねだ しのぶ)
http://www.gyosyo.info/
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