
◆性暴力被害を繰り返させない社会のために
本書では、ナショナリズムの問題、民族主義の問題として語られることの多かった「慰安婦」問題を、女性の人権問題として捉えなおす。ご自身のナショナル・アイデンティティのゆらぎを抱えながら、女性問題への関心を胸に韓国に飛び込み、挺対協の結成メンバーとして韓国の女性運動で活躍されてこられた山下先生だからこその視点で、これまでの「慰安婦」問題解決運動を省察する。
帯には「サバイバーを「被害者」像に閉じ込めない」と書かせていただいた。本書を通じて発される、サバイバーたちの性暴力被害を、女性問題として正面から見よというメッセージに、はじめに書いたような「慰安婦」問題へのイメージが、ひとりひとりの女性たちの顔を想像させるかたちで像を結ぶ。
この現代文庫版では、同名の単行本(明石書店、2008年)をフェミニズムの視点を軸にまとめ「第Ⅰ部」とし、つづく「第Ⅱ部」として、新たに日本人「慰安婦」に関する章、韓国人サバイバーへの聞き取り調査の歴史に関する章、韓国女性運動の最新状況についての書き下ろしを加え、最後に「現代文庫版あとがき」をご執筆いただいた。
とりわけ胸に迫ったのは、「あとがき」で紹介された、サバイバーである李容洙さんの言葉であった。一時は自決を覚悟で被害を訴えた李さんは、その後、死ぬべきは私たちではない、と毅然とした態度をとり、さらに「慰安婦」であることは恥ずかしくない、その名をつけたのは日本政府であるし、恥ずかしいのは李容洙でなく日本政府である、と語ったのだという。すべての人たちが今後性暴力に晒されることのないように、また貼られたレッテルのせいで声がかき消されることのないようにという本書に満ち満ちた決意は、李さんの言葉と響きあい、「慰安婦」問題を女性問題として捉えることの意義を強く訴える。
「慰安婦」問題を考えるための手がかりとして、ぜひお読みいただきたい一冊。
【目次】
I
序章 ナショナル・アイデンティティの葛藤
第一章 韓国女性学と民族
第二章 韓国における「慰安婦」問題の展開と課題――性的被害の視点から
第三章 韓国における「慰安婦」問題解決運動の位相――一九八〇〜九〇年代の性暴力追放運動との関連で
第四章 ナショナリズムを乗り越えるために
補 論 勤労挺身隊となった人々の人生被害について――名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟に寄せて
旧版あとがき
II
第五章 日本人「慰安婦」をめぐる記憶と言説――沈黙が意味するもの
第六章 韓国の「慰安婦」証言聞き取り作業の歴史――記憶と再現をめぐる取り組み
第七章 韓国の「慰安婦」運動を再考する
参考文献/岩波現代文庫版あとがき/初出一覧/索引
◆書誌データ
書名 :新版 ナショナリズムの狭間から――「慰安婦」問題とフェミニズムの課題 (岩波現代文庫 学術 443)
著者 :山下英愛
頁数 :388頁
刊行日:2022/2/17
出版社:岩波書店
定価 :1694円(税込)
慰安婦
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