「虎に翼」終わってしまいましたね。朝の楽しみがなくなったと、嘆いていらっしゃいませんか。
放送が始まった時から、山田よねの男装のすっきりした姿と、はっきり言い切る明確なことば遣いに共鳴して、そう!そう!その調子!と応援しながら見ていた者として、最後近くの弁論の名場面をどうしても記録しておきたくなりました。
美位子さんという、父親を殺した女性の裁判です。美位子さんは、DV被害に耐えかねて出て行った母親の後釜として父親から長年にわたり性暴力を受け、子どもまで産まされます。職場でやっと好きな人ができて結婚したいと言うと、激高した父親に暴力を振るわれた末に監禁されてしまい、ついにその父親を殺めてしまいます。尊属殺人です。尊属とは自分と自分の配偶者の父・母、おじ・おばなど自分の一代上の血族のことで、そういう近い血族に対する殺人は、普通の殺人よりずっと罪が重かったのです。旧刑法にはこう書かれています。
第二十六章 殺人ノ罪
〔殺人〕
第百九十九条 人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス
〔尊属殺人〕
第二百条 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
以下はよねの弁論の全文です。少し長くなりますが、よね語録を全部見てください。朝と昼のテレビを見ながら必死で書き、それでも書きとれなくて、NHKプラスという、終わった放送を後で見られるシステムを利用しているSさんの力を借りて完成したものです。
裁判長:開廷します
よね:論点は誰の目から見てもわかりきっていますので、まわりくどい前置きはしません。
刑法第二百条尊属殺の重罰規定は、明らかな憲法違反です。昭和二十五年に言い渡された刑法第二百条の最高裁高検判決、その基本的な理由となるのは人類普遍の道徳原理。
はて?
本件において、道徳の原理を踏みにじったのはだれか。
尊属である父を殺した被告人ですか。それとも、家族に日常的暴力をふるい妻に逃げられ、娘を強姦し続け、子を産ませ、結婚を阻止するために娘を監禁した被害者である父親ですか。
暴力行為だけでも許しがたいのに、背徳行為を重ね、畜生道に落ちた父親でも、彼を尊属として保護し、子どもである被告人は、服従と従順な女体であることを要求されるのでしょうか。
それが人類普遍の道徳原理ならば、この社会と我々も畜生道に落ちたと言わざるを得ない、いや畜生以下、クソだ。
裁判長:弁護人は言動に気をつけるように。
轟:不適切な発言でした。お詫びいたします。行け、山田。
よね:憲法第十四条は、すべての国民が法の下に平等であるとし、第十三条には、すべての国民は個人として尊重されるとある。
本件は、愛する人と出会った被告人が、すべての権利を取り戻そうとした際、父親から監禁と暴力による妨害を受けた結果であります。
当然、正当防衛もしくは過剰防衛に該当する。
もし、今もなお、尊属殺の重罰規定が、憲法第十四条に違反しないものとするならば、無力な憲法、無力な司法、無力なこの社会を嘆かざるを得ない。
著しく正義に反した現判決は、破棄されるべきです。
以上です。
よねも、寅子の口癖「はて?」を使っています。「人類普遍の道徳倫理」がここで通用するのか、という問いかけです。そして、父親の行為を「強姦」とはっきり言います。それを受けさせられる娘の体を「服従と従順な女体」とも言います。「女体」ということばにもぎょっとします。普通に女性の体という意味で使うことは少なく、性行為の対象として女性の体を言う時に多く使われることばだからです。(だからこのことばには、SNSでは放送の直後から議論が起こったようです。)
娘の人権を踏みにじり、残虐の限りを尽くす父親は畜生道に落ちているとまで言います。畜生道というのは仏教の教えの一つで、生前に悪業をした者が死後禽獣の姿にさせられて苦しむところということです。そして、こうしたひどい父親の行為を尊属だからと言って保護するのであるなら、そういう社会と我々も畜生道に落ちている、畜生よりももっとひどい「クソだ」、と言い放ちます。
「クソ」はさすがに裁判所での言葉としてはまずいと裁判長は注意します。すかさず、同僚の轟も不適切な言動として「お詫び」のことばは言いますが、即座に「行け、山田!」と続行を励まします。轟の短い激励もきいています。
続けてよねは、父親を殺したから普通の殺人よりも罪が重いというのは、「すべて国民は法の下に平等であって」とはじまる憲法第十四条に違反しているし、第十三条「すべて国民は、個人として尊重される」とあることからも、そうした尊属殺人の「死刑または無期懲役という」重罰の規定は破棄されるべきだと言い切ります。
堂々と道理を尽くした説得力のある弁論です。しかもその中では核心を突いた鋭いことばが要所を締めています。
この弁論ののち、しばらくたって判決が下され、美位子さんは執行猶予付きの懲役2年6月の判決を受けます。主文を述べた後で裁判長は、「尊属殺に関する刑法二百条は、普通殺に関する刑法百九十九条の法定刑に比べ、著しく差別的であり、憲法十四条一項に違反して、無効である」と言い切ります。よねの弁論が報いられた瞬間でした。
美位子さんがよねと轟にお礼を言いに来ます。
美位子:改めて、よねさん、轟さん、本当にありがとうございました。先生たちに巡り合えてよかった。
よね:おまえの母親にも電話で伝えておいた。伝言だ。子どもたちは必ず立派に育てるから、美位子は新しい人生を生きてくれと。
轟: 美位子の人生はここから始まるんだ。
よね:もう誰にも奪われるな、おまえが全部決めるんだ。
よね語録全開です。「おまえ」「伝えておいた」「伝言だ」「もう誰にも奪われるな」「おまえが全部決めるんだ」と、ストレートでずばりと命令口調で言い切っています。
嬉しかったのは、よねのことばばかりではありません、もうひとつ、「虎に翼」は大きなプレゼントを残してくれました。憲法です。事務所の壁に書かれていたり、寅子やナレーターの語りの中に、何度も憲法の条文が出てきたのは新鮮でした。そして、当たり前のことが書かれているのに、それが当たり前になっていないことも知らされました。この朝ドラからの贈り物として、憲法の条文を覚えておきたいと思います。寅子さんは言わなかったけれど、憲法九条は第二の優三さんを生まないために必須のものです。肝に銘じる条文として一緒に書き記しておきます。
第九条【戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認】
⓵ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
第十三条【個人の尊重と公共の福祉】
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条【平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界】
⓵ すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
②以下略。
これらの条文は、決まったばかりの新しい自民党総裁にも謹んで捧げます。
2024.10.01 Tue
カテゴリー:連続エッセイ / やはり気になることば