
行きつくところまで行ってみよう
なぜ「アンチ・アンチエイジング」なのか?
高齢者を「役に立たない」存在とみなし、「処分せよ」という発言まで飛び出してくる昨今、「アンチエイジズム」は高齢者を守る立場からの有力な発言だと思われるだろう。では上野さんはなぜそれに「アンチ」を唱えるのか。
サブタイトルにあるとおり、ボーヴォワールの『老い』を引き合いに上野さんが提起する「アンチ・アンチエイジングの思想」は、本書の最後に提示される。「人は老いる。老いて衰える。やがて依存的な存在になる。人は人の手を借りて生まれ、人の手を借りて死んでゆく。そういうものだ。そのどこが悪いのか」。
わたしの「老い」が問われている
このごろ「90歳になった」と言うと、「いやあ、まだまだお元気ですよ」と言ってくださる方が増えた。お気持はありがたく感謝するが、それは「老い」を振り払うおまじないのような気がする。わたしはここ数年、自分の意思や希望とかかわりなく心身ともに老い衰えてゆくことを実感し、もう論理的な文章は書けないと観念する日々を過ごしてきた。その「老い」を受け入れつつ「死ぬまでは生きてゆく」意思を持とうと思い決めたときにこの本に出会った。「これはわたしのために書かれた」と思ったゆえんである。
だからこの本は、上野さんの「老い」論であると同時に、わたしが残された時間をどう生き、どう死ぬかを問う書でもある。内容紹介をそっちのけにしていささかの応答を試みたい。
「老いは文明のスキャンダル」
ボーヴォワールが『第二の性』で吐いた「人は女に生まれない。女になるのだ」という名言は人口に膾炙したが、続く大著『老い』のなかで「老いは文明のスキャンダルである」という意味の発言をしたことはあまり知られていない。上野さんはこの一文に「ガンとぶんなぐられるような思い」をしたと書いている。朝吹三吉訳の「新装版」(2013)には、人間が老いて「廃品」扱いをされるのは「文明の挫折」であり、「それを告発する者はこの<言語道断な事実(スキャンダル)>を白日の下に示すべき」とある(上野さんは「訳すなら「醜聞」でいい」と書いている)。
上野さんは、「老いをめぐる問いは、文明のパラダイム転換を要求している」というのが「ボーヴォワールから受け取ったメッセージ」であり、「アンチ・アンチエイジングの思想」だという。なるほど。「老い」を生きるということは、これまで女性差別をはじめさまざまな差別を容認してきた人間社会の「文明」総体をつくりかえる意味を持つのだという指摘は、「いつまでも元気で」と言われるよりもはるかに胸に落ちる。上野さんがすごいのは、ご自身が「後期高齢者」になるずっと以前、すでにこのことを「発見」しておられたというところである。わたしは40代で今住んでいる「エレベーターのないマンションの3階」に引っ越したが、そのときは自分が「階段を上り下りできなくなること」を想定できなかった。今、「ずっとここで暮らしたい」というと誰からも支持されないが、「気がつくのに遅すぎることはない」と思っている。
理論だけではない「実践」の書
そうはいっても上野さんはわたしよりはるかに若く、掛値なしにお元気である。現実に歩行困難になり、物忘れし、草臥れるとすぐに寝てしまうようになると、「生きるのに遠慮はいらない」といわれても「理論的にはそうですが」とためらう人もいるかもしれない。
しかしわたしは生前の色川大吉さんが「上野さんは、いま、理論を実践している最中です」と言ったという文章(これは『婦人公論』に出てくる)を読んで、この本が上野さんの介護実践に裏打ちされた書だと納得した。上野さん自身が90歳になったときどんな生き方をされるかをわたしが見る可能性はない。わたしはわたし自身の老いを生きるほかないのである。平塚らいてうは1914年に奥村博と事実婚をしたとき、これからどうなるかわからないが「行き着くところまで行ってみよう」と書いた。それが今のわたしのモットーである(このタイトルでもう1冊本を出したいと思っている)。上野さんに応答できただろうか?
署名 アンチ・アンチエイジングの思想:ボーヴォワール『老い』を読む
著者 上野千鶴子
頁数 328頁
刊行日 2025年4月16日
出版社 みすず書房
定価 2970円(税込)
◆ほかの『アンチ・アンチエイジングの思想』関連の書評はこちらから
・河野貴代美さん https://wan.or.jp/article/show/11901
・二木 立さん https://wan.or.jp/article/show/11941
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