
傷が少しでも癒えるように
性暴力被害には、「その後」がある。PTSDによるフラッシュバックや抑うつ、二次加害や法制度の不備……。それらが被害者を苦しめ、回復を妨げる。性暴力から安心して回復できるのはどんな社会か、そもそもなぜ性暴力は起きるのか、防ぐことはできないのか。回復のために紡がれた著者の言葉からなげかけるエッセイ。
☆著者紹介
石川優実:1987年生まれ。岐阜県出身。俳優、性暴力サバイバー。2005年に芸能界入り。2017年末、「#MeToo」ムーブメントを受け、芸能界で経験した性暴力について声をあげる。それ以降ジェンダー平等を目指し活動。2019年、職場で女性のみにヒールやパンプスを義務付けることは性差別であるとし、「#KuToo(クートゥー)」運動を展開。厚生労働省へ署名を提出した。同年10月、英BBCが選ぶ世界の人々に影響を与えた「100 Women」に選出。2022年2月には、ブログで映画界での性暴力を告発した。2023年、うつ病と複雑性PTSDの診断を受け、現在は自身の回復のため、試行錯誤する日常をニュースレター「for myself」でありのまま発信している。
☆本書が問いかけること
性暴力の被害には、さまざまな神話が存在するといわれます。「なぜ明確に抵抗しなかったのか」、「被害者も同意していた面があったのではないか」、「なぜ被害から何年も経ってから声をあげたのか」、「(売名や金銭目的で)被害者はウソをついているのではないか」……。どれもが性暴力被害の実態に見合わない、社会的につくられた憶測や空想に基づく神話です。そして、そうした神話が、悪気なく無邪気にふりまかれることで、性暴力の被害者やサバイバーは一方的に繰り返し傷つけられます。
性暴力はどれだけ被害当事者を苦しめるのか。性暴力という体験そのものがもたらす痛みや苦しみだけでなく、被害後に周囲から加えられる二次加害がどれほど被害者の回復を妨げ、尊厳を傷つけるのか。被害の実態に対して、社会制度がどのように不足しているのか。そもそもなぜ性暴力が存在し、なぜその加害者のほとんどが男性なのか。本書では、性暴力サバイバーである著者の日常の視点から、そうした点が提起されます。
☆私が私を取り戻すために
性暴力サバイバーの被害からの「回復」も、本書の重要なテーマの一つです。トラウマのような体験や、ネガティブな感情が呼び覚まされるような過去を振り返ることは、決して容易なことではないと思います。しかし著者は、自身の性被害や性産業に従事した経験、複雑性PTSDの症状などと向き合い、回復を目指すなかで、過去の記憶や自分自身の気持ちを鋭敏にありのまま受けとめようとします。
痛みや恥の感情、孤独や無力感などを伴いながらも、それらを直視し、著者が感じたこと、見てきたものが等身大に綴られた本書は、「性暴力被害からの回復」をありのまま写した貴重な記録となっています。
著者が自身の回復のために紡いだ言葉には、読者となる私たちにとっても、自分自身をいたわることの価値を思い起こさせてくれたり、自身を大切にしながら社会と向き合おうとする気持ちを奮い立たせてくれたりする力があるように思います。その意味で本書は、ケアやエンパワメントの要素も詰まった一冊です。
☆性暴力被害の声を受けとめる
本書の巻末には、精神科医である清水加奈子さんの寄稿を掲載しています。清水さんには、専門的な解説ではなく、石川さんの文章を受け、感じられたこと、考えたことを随想的に書いていただきました。
本書の柱となるのは、石川さんの個人的な体験や感情などに基づいた一つひとつの言葉ですが、その経験は「きわめて限られた環境で起きた、特殊なケース」と片付けてはいけないものです。
性暴力は、表沙汰になったり事件化したりすることは多くないといわれますが、この社会のなかでは、とりわけ女性の多くが被害を経験させられてしまっている状況があります。性暴力が身近とも言えてしまう社会のなかで、これ以上加害やその影響を「被害者の責任」とさせないためにも、この社会に生きる私たち一人ひとりが性暴力被害の声を聴き、自分ごととして受けとめ、共にあろうとする姿勢を持ち続けたいと思います。
☆本書の目次
序 章 これまでのこと、これからのことを声にする
第1章 性暴力被害の後を生きていく
第2章 女を脱がせようとする社会で
第3章 私が私を取り戻す道
寄 稿 〈尾根〉に立ちすくむ 精神科医・清水加奈子
☆書誌データ
書名:私が私を取り戻すまで 性暴力被害のその後を生きる
著者:石川優実
頁数:176頁
刊行日:2025/12/10
出版社:新日本出版社
定価:2420円(税込)
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
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