
WANフェミニズム塾アドバンスコース第2期 「情報生産者になる」(通称:WANac2期)第10回が終了しました。
今期も残すところ、あと2回となりました。
「情報生産者になる」ことをゴールに走り始めた私たち。
進みはそれぞれですが、確実に一歩一歩を刻んでいます。
今月も臨場感のあるレポートをお届けします。
【レポート-1】
WANacは毎回司会者が変わるのが良い。役割が固定されないから。場の雰囲気、空気が同じ感じにならない。それが良い。司会者が毎回決まっていると、同じような雰囲気になる。メリットもデメリットも両方あるが、脳の深いところで考えたりピアのつながりを意識するためには、場の役割を固定しないほうが良い。WANacでは、司会者が固定されていない。
今回のWANacの司会は前半、後半とも2期生だった。毎回思うことがある。皆さん司会がうまい。1期の時から感じていた。全員司会がうまかった。後から伺うと、実は司会が苦手だという人がいた。その人の司会は特にうまかった。時間の調整が絶妙だった。2、3分時間ができると「追加の質問ありますか、うえの先生は追加のコメントありますか、先ほど質問された方、よかったら続きをどうぞ」など、振り返りながら進行されていた。
2期生の方たちもうまい。落ち着いていて堂々とされている。「少し時間ありますが、あと1つくらい質問いけると思います」など全体への呼びかけがある。時間オーバーになっても「〇〇さん、次行って大丈夫ですか?」と気配りの声かけをされる。なぜみなさん司会がうまいのか?WANac7不思議の1つである。
司会者が「うえの先生、お願いします」と言うまでうえの先生は決して発言されない。うえのターンになって、うえの先生が発言されるしかなくて、場が静かになって、そのうち緊張感が走って、どれほど時間が空いても、決っして一言も発言されない。私だったら(司会者忘れてるなー)と忖度して、話し始めてしまう。なぜうえの先生は発言されないのか。司会者だって忘れることはあるのだ。司会者に常に司会者であることを意識してほしいとか、司会者は責任が大きいことを知らせているのだ、とこれまで思っていた。今回のacの場で新たに気づいたことがある。司会者に敬意を表している、のではないか。だから司会者が役割を遂行するまでじっと待たれるのではないか。うえの先生、そうでしょうか?
そう、うえの先生はじっと待たれるのだ。そして、話に耳を傾けられる。発表すると、次から次へと質問が振りかかる。浴びせられる質問に私が返答し始めると、その瞬間うえの先生は「うん」とおっしゃり私の発言に耳を傾けられる。私の返答はぎこちないし、適切な言葉を探し出せないこともある。それでも待たれる。すごいことだと思う。相手の言葉を待ってじっと耳を傾け続けられる人は、そうそういないのではないか。 そして、WANac7不思議の2つ目。なぜうえの先生は、ac生に毎回ビシビシツッコミをぶつけても嫌われないのか。なぜ憎まれないのか。なぜ慕われ続けるのだろうか。いつかacメンバーにその理由をインタビュー調査したい。それを踏まえてうえの先生にもインタビュー調査したい。
最後に、論文を書いていると(言うほども書けていない)いつの間にか心に思いが溜まる。論文に自分のことは書かないから。だからacレポートとして書く機会をいただいて思いの丈をつらつら書いてしまった。最後の最後に、うえの先生のご返信を紹介して終わります。
「はい、うえのは司会が許可をくれるまで待っています。司会は司会者の役目だからです。気がついてくださってありがとう。」
こうした一言に魅了されます。
【レポート-2】
本日のゼミは仕事の都合でどうしても参加できず、動画を視聴した(このアドバンスコースでは有り難いことに見逃し配信がある!)。ライブでの迫力やスピード感を味わえなくて物足りない気持ちになる一方、普段はない余裕をもって受講生と上野先生のやり取りを見ることができた。一番に思ったのは、受講生が上野先生のコメントに滑らかに意見を返すようになったなぁ、ということ。アドバンスコース2期が開講してから約9か月が経ち、最初は上野先生の鋭い指摘に黙って悩んでしまうことが多かった仲間たちが、批判的なコメントを受けても黙することなく、怯みながらも自分の考えを述べている。上野先生から「それなら、わかる。」と言われたときの嬉しそうな笑顔を見ていると、私までほっとしてしまう。研究の進み具合は人によってかなり差がつき、研究計画を練り直している人もいれば、論文完成間近な人もいる。だが、油断は禁物だ。計画に躓いていた人が一気に駆け始めることもあるし、思わぬところで立ち止まったり、引き返したりする人もいる。自分の問題点に向き合い、上野先生のアドバイスを懸命に書き留める様子を見ていると、なぜか私も必死にメモをとってしまう。気分は授業参観だ。
オンライン開催のゼミだけれど、回数を重ねれば、それなりの交流が生まれてくる。ゼミ後に全員が提出する発表者へのコメント(レスカ)を読むと、その人の興味や関心がどこにあるのか何となく伝わってくるし、時には今日はちょっと御機嫌斜めなのかな?なんて思うときもある。研究テーマもバックグラウンドもバラバラな私たち。知り合った場所が違ったら、あんまり気が合わない、で終わっていたかもしれない。上野先生の愛情いっぱいの鞭をともに受け、飴を味わう仲間だからこそ、支え合おうと思えるのだ。論文完成までにはまだ越えなければならない高い山があるけれど、相手のためになるコメントをする力は(たぶん)アップしたし、自分の引き出しは確実に広がった。昨年4月に開講し、今年の3月には卒業。残すところ、あと2回。みんなで無事に卒業(脱稿)できますように。
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